陽の埋葬
田中宏輔



インインとしきり啼く蝉の声、
夏の樹が蝉の声を啼かせている。

頁の端から覗く一枚の古い写真、
少年の頬笑みに指が触れる。

本は閉じられたまま読まれていった……




日向道、帰り道、
水門のかたほとり、めかりう水光みずびかり

すこし道をはずれて、
少年たちは歩いて行った。

だれも来ない楡の木の下蔭、
そこはふたりの秘密の場所だった。

あわてものの象戲チエスのように
鞄を抛り投げて坐った。

「きょう、学校でさ、
 脈のとり方を習ったよね。」

何気ないふりをして腕に触れる。
脈拍は嘘をつくことができなかった。




あれは遠足の日のことだった。
車内に墜ちた陽溜まりを囲んで、

騒ぎ疲れた子どもたちが
みんな、とろとろと居眠りしていた。

ふたりは班が違っていたけれど、
となりどうしに坐って微睡んでいた。

自分たちの頭を傾け合って、
頭と頭をくっつけて、

ふたりは知っていた。
眠ったふりをして息をしていた。

透きとおるものが
車内を満たしていた。

ふたりだけの秘密。
少年の日。




だれが悪戯いたずらしたのか、
胸像の頬に赤いチョーク。

部屋の後ろに掲げられた
木炭画スケッチ。

変色して剥がれかかっている。
まるで乾反葉ひそりばのようだ。

器に盛られた果物たちの匂い、
制服の下にこもった少年たちの匂い。

すでに何人かは
絵の具を水に溶いていた。

眼は椅子の上、
じっと横顔ばかり見つめていた。

叱り声が飛ぶ。
背後に立つ美術教師の影。

はっとする級友たち、
耳を澄ます木炭画たち。

違った絵の具を
絞り出してしまった。




あの夏の日も、
あの少年たちの頬笑みも、

束の間の
通り雨のようなものだと思い込もうとして、

ほんとうの気持ちに
気がつかないふりをして

通り過ぎてしまった。

午後の書斎、
風に揺れるカーテン。

インインとしきり啼く蝉の声、
夏の樹が蝉の声を啼かせている。

頁の端から覗く一枚の古い写真、
少年は、いつまでも微笑んでいた。





自由詩 陽の埋葬 Copyright 田中宏輔 2023-08-07 00:01:11
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