電脳と歩行
医ヰ嶋蠱毒

金属の地平を見晴らす月面
静かな夜は
一群の艸を吹き曝す
涼やかな風として
球形の地に立つ私が
真新しい建築を眺めている

水槽を泳ぐ小さな鯨は
嬰児のように清潔であるから
クレーターの底へ埋められた
頭蓋を洗い
直截に触れられた
記憶の手形だけを入江に流して
森林を背に屹立する巨大なモノリス

水銀に渇いた口を漱げば
一つの確率を指し光るリゾーム
いまここに在りながら帰郷せよ
大樹の幹に抜け殻を置き去り
遥か上空より累なる
かつての夢の立体へ

瞼の裏を過ぎ行く履歴に
忘れていた涙を思い出すとき
あたらしい惑星が産道をくぐり
次代の幼年期が始まりを告げるだろう
私は声を上げて泣き
雲一つない晴天に
無名のままで
祝福の雨が降る



自由詩 電脳と歩行 Copyright 医ヰ嶋蠱毒 2023-07-25 19:06:48
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