美の真髄は置き去りのガードレール
菊西 夕座
夏まっしぐらの緑したたる峠にあって
世のくさぐさは置き去りにみちている
だれがいったい気にかけてくれるだろうか?
路傍の瀬戸際でひんまがったガードレールを
曲がりなりにも身を呈して明け暮れる棒立ち
へこんだ支柱、はがれた塗料、くすんだ白さ
跳ね上がった泥水と擦過傷でくたびれた肌
ボルトの銀ボタンをだれがいったい気にかける?
通りすがりに子どもが棒でたたけば望外か?
足元の草ぼうぼうが話し相手になるのやら
律儀に道に沿って延びるだけいっそう平板で
際に立つからといって際立つこともないライン
それでも生きているからこそうつくしい
斜面の草、廃屋の窓、壁に黒ずむ雨の垢
舗装のわだち、這い回る蟻、ひしゃげたトタン
ふすまとガラスで区切られた音のない縁側
そこに挟まって立つ地味な服の病弱な女
見向きもされないってことのほうが支配的
工事人夫がヘルメットからたらす汗でさえ
見逃されているってことのほうが多すぎる
世のくさぐさはこんなにも置き去りに道ている
だからこそ世界はうつくしい
防護柵に話しかけるほうが絶望的かと思う
そうして突き放されるぶんだけシャドーが増す
影深い車道にこそ美の真髄はレールを延ばす
空き家の庭のまんなかで黄色い百合が背を伸ばす