紅葉葵[まち角4]
リリー

 ある晴れた日に一軒家の庭で
 赤い五枚の花片をしっかり開く大きな花を
 母と見たのは昔の話
 花の名前が思い出せずに 覚えた小さな胸さわぎ

 茎が真っ直ぐに伸びた葵科の花
 「この花はね、今日しか咲かないの。一日しか咲かないのよ。」

 「だからノンちゃんも」
 で、記憶が途切れてしまう
 平仮名の「の」しか未だ書けないでいた娘に
 若い母はどんな言葉をくれたのか

 十三回忌を迎えた夏
 忘れてしまっていた花の名前を知った或る日
 民家の庭で見た
 数本の 濡れそぼつモミジアオイ

 その花の隣に膨らんだ赤い蕾が、
 雨雫で
 首を前に垂れていた

 


自由詩 紅葉葵[まち角4] Copyright リリー 2023-06-04 16:32:56
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