アップルパイ
リリー

 京都駅構内のアスティロード商店街を抜けて
 おもてなし小路を行くと連れの彼女が独りごちる
 「うわ、六百十五円やて!」

 何事かと 彼女の視線みると
 老舗珈琲店の店先ショーケースにはりついていて
 「何が、ほんまやな!高っ。」
 店内カウンターに居る黒いスーツの男にまる聞こえ
 僕ら、慌てて立ち去ったんだ

 地下街へ入ろうとしたのに彼女がもう一度
 さっきの店へ行きたいと言う、その屈託ない瞳
 今度はスーツの男が奥に居るのを確かめて
 ショーケース端っこで佇んだ

 カスタードクリームないみたい。
 薄切りのアップルフィリングが重なってる。
 パイ生地も柔らかそう、杏ジャムのツヤで綺麗な狐色やわ。
 大きいし値張るのも分かるな。

 黙って隣に立つ僕は 彼女の呟く語りでもう
 食した気分になってしまう
 「さ、行こうか。」
 先立って歩き始めると彼女に腕つかまれて
 「ありがとう。ね、マクド寄って帰ろっか?」

 先週末に洗って小ざっぱりしているスニーカーの靴音と
 インディゴブルーなパンプスの踵が 明るく囀り
 喫茶店から遠ざかっていった



自由詩 アップルパイ Copyright リリー 2023-05-23 09:14:23
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