死者の数だけ歌がある
ただのみきや

よく聞こえる耳はいらない
なんでも見分ける鋭い目も
もっと聞きたいと思うこころ
飽きることなく見つめてしまう
忘我の時をいつまでも
得ることは失うこと
あらたな構築と古きものの破壊
たえず秩序と混沌に引き裂かれ
矛盾を映して鏡をぬらすもの
円環に抗ってねじれてゆく螺旋
翅の裂けた羽虫のように


時間に急き立てられて
痛む足を引きずりながら
雀のおしゃべりにどこからか出血して
角氷一つ分夜を隠蔽する
幸福に殴られてぺらぺら捲れてゆく
自分によく似た人たち
神の時限爆弾と書かれた札が
どの首にもかかっていた
無意識にも流行りはある
風が隙間からこじ開ける
時代に魅力的な傷口が
人々を酔わすのに十分な悲哀の蜜が
よく仕上げられた知識の張りぼての中
変態の途上ガス化して
瞳の奥をほの暗くゆらしている
事物との間には濁った光の茫漠
頭の中では火の時計が一刀ごとに
未来を切り落として過去の死肉とする
しても蛭子のようなことばばかり
さあシールをはがせ
世界に貼られた中古の影を


八重咲きの桜は細枝がたわむほど
ひとひら ひとひら
花びらを風に手渡すように

日差しの中で声もなく
歌は佇んでいる

なにかをかき回したいカラスが去り
つがいのムクドリは物色する
ときおり蝶が花びらをかすめ

立ち枯れる 歌は
声を滲ませることもなく


コップから眠りがあふれている
タネはある 
タネは不明である
正体も居所も
めだかの群れが泳いでいた
仕込んだ者も不明
色も形も不明のまま
暗い玄関だ
下駄箱にはたくさんの仮面があった
犬は嗅覚で追った
めだかが泳いでいた
名前も正体も知らなくていい 
探り当てればご褒美がもらえる
そう洗脳されていた
鍵を失くした男と
めだかが泳いでいる
この鍵が何の鍵か思い出せない男が
回転ドアですれ違う
自分は外側から来て内側へはいった
二人ともそう信じている
すごい群れだめだかが泳いでいる
紙に書いた三角形の三つの頂点は
おのおの自分が山の頂だと思っている
当然あとのふたつは自分の下にあると
勝ちか負けか 上か下か めだかめだか
めだかめだかめだかめだかめだかめだ
紙が壁に貼られることはない
永遠や無限のように
二次元人は高さという概念を手に入れた
おのおのが自分の頭の中の高みに砦を築いている
しかしかめだは泳ぐのだ
言論の自由型
ドーピングでバタフライ
(だめか! だめなのか! )
軋む象牙の水際から
ご覧涼しい 死者のまなざし



                    (2023年5月20日)











自由詩 死者の数だけ歌がある Copyright ただのみきや 2023-05-20 17:07:22
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