ASCHE UND LANGE 
アラガイs


 一度固まってしまった接着剤はもう剥がしようがない。何処までも先祖を辿るのと同じように。

線香を供えるときには顔も知らずに亡くなった人も数にいれる。つまり戸籍上は曾祖父やら祖母やら兄弟なのだが、これが守護霊となって我が身を護ってくれているのか、ときには地縛霊となって己が道筋を宿命づけられるときもある。
「おかあちゃん、おかあちゃん、苦しいよ、苦しいよ、」
肺病を併発して手遅れになった姉や兄もその一人で、昔は治療方法も曖昧で結核患者たちも不治の病と言われていた。
子宝は授かるものだからまた作ればいいよ、と親たちは慰めの言葉を掛け合いながら不幸も乗り越えてきたのだろう。「ひろちゃんはええ子やったのに……おまえなんか後から身代わりに生まれてきたようなものだし、」そんな言葉を幾度も長兄から投げかけられてきたこともある。霊前に掲げられていた聡明な顔写真を見れば自分もそうだな、と頷けた。もしも生きていられたらどのような人生を送り、どのような人物になって成長していたのか、、これも神様の巡り合わせだと、素直に感謝して霊前に手を合わせた。
一度風邪をこじらせて手遅れになりかけたときも、炭酸飲料の瓶を叩きつけて顔に破片が飛び散ったときも、そして工事場の土砂から車ごと転落しかけたときも、先に亡くなった次兄から授けられた守護霊のおかげだと、わたしは密かに信じていたものだ。何処へ行くにしても、何をするにしても誰かに見守られている。日常生活の中でいつもそれとなく感じるのだ。このことは先に兄弟を亡くした同じような人々には通じ合う思いがあるのではないだろうか。
ところが、この身内からのお守りという効能も両親の死と伴に歳月を費やすと徐々に薄れていくようだ。 
 
 一度離れてしまった影はもう後戻りしない。あなたはいつまでもそれを追いかけるのだ。

若者たちの存在が矮小化されて第三の波が訪れる。新たな黒船は迷彩色に染まる巡航船のようなもので、それを出迎える係官の人数は千人に一人の割合だ。圧倒的に働き手が足りない。統計によればこの国の高齢者が占める国民の比率とは正反対に数の少なさであった。
アフリカや東南アジアから積み木のように人々が押し寄せてくる。中でも大量の債権や株を携えて、送金していた膨大な金額の投資先を目当てにやってくる者は後を絶たない。「アソコのブッケンはハヤイものカチだよ…」こんな会話をよく耳にする。どの都市を見ても自国民が誰で、わたしがどこの国に存在しているのかわからなくなってしまった。

「曙」という名の老人ホームがある
そこには灰にまみれた水仙の球根が埋まり
庭先で白い布を干すカタコトな人々が活発にとび跳ねる
ほら、今日も無表情な入居者の顔から魂がひとり歩きしている
一世代を超えて存在の塊を護ってきた霊たち、その影よ
空白から眺めるばかりの生い立ちは媚肉と灰に混ざり合い
 わたしはもう眠らなければならない    そして、
、いまこの瞬間に過去という幻から目覚めようとしている









自由詩 ASCHE UND LANGE  Copyright アラガイs 2023-05-09 18:24:24
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