しらふで死にな(毎日は降り注ぐ)
ホロウ・シカエルボク


まとわりつく蛆のような概念を振り払って重湯のような朝食を啜ると世界は絨毯爆撃みたいに騒々しく煌めいていてウンザリした俺は洗面台を殴り殺す、拳に滲んだ血はホールトマトの缶詰を連想させたので昼飯はパスタにすることに決めた、けれどグリアジンのアレルギーだから決めてみただけだけど、要するに大して意味の無い話ってことさ、起き抜けにポイントなんか取りに行ったってしょうがねえだろ、10年近い眠りを受け止め続けてマットレスの寝心地はまるでグラスファイバーだ、ろくな夢を見ない原因はたぶんそんな物質的な原因のせいなのさ、唾でも吐こうかと思ったがまだ部屋の中だった、もしもこの世界に聖地なんてものがあるとするならばそれはここだ、もちろん、俺が契約している間はということだけど…近頃10年なんて気が付いたら終わっちまってる、喉に留めるうがいを繰り返しながらそんなことを考えた、水を吐いて一瞬真顔になった自分の顔は数年は老け込んで見えたんだ、当然それはひび割れた鏡のせいなんだけど―馬鹿なことをしたなと思ったけれど別に鏡なんて絶対的に必要なものでもない、まともなことを考えてまともなものを選んで暮らしていれば顔なんてそんなに汚れやしない、ニコチンやアルコール、夜遊び、そういう類のことさ、そういうものは脳味噌にこびりついて思考能力を退化させていくんだ、見たことあるだろ、依存症で死んでいくやつらの様、手に付けた瞬間からそれは始まっているんだ、だから俺はそんなものに興味を示したことがない、持ち物は汚れるし、判断力だって鈍るしね…そうなると半径数メートル程度の領域の中で好きに生きることしか考えなくなる、いや、でも―それだけが原因じゃないな、思うに俺は俗物的な感覚というものがまるでないんだよ、思春期、その響きだけでもウンザリするような思春期に、皆が当然興味を持つようなことにまるで興味がなかった、流行の歌とか、太いズボンとか、美容室で切った髪とかね…その頃に誘われて煙草なんかも何度かは吸ったけれど、何が面白いんだっていう感想しかなかったよ、痰が絡むし、視界は霞むしね、まったくつまらない代物だった、まあ、そのころには、自分の資質みたいなものはわかり始めていたしね、なにかしら自分が、周囲と違うチャンネルの中で動いているんだっていう自覚は10代に入ってすぐには理解出来たから…すべてがそうなんだ、自己表現とか、そういうものにばかり気が向いていた、勉強なんかろくにしなかった、特に数学なんか酷いもんだったよ、算数の頃から目を覆うような成績だったさ、だってまったく興味を持てなかったからね、国語の成績だけは少し良かったんだ、覚えなくても覚えられるようなものだった、その頃には自分でなにかしら、詩みたいなものを書き始めていたからね―タオルで顔を拭って、出かける支度をする、用事を思いつかなくても、休日には一度外に出てぶらぶら歩くのさ、そうしないとなにかが詰まるような感じがあって…身体的なことかもしれないし精神的なことかもしれない、たぶんどちらも正解なんだろうな、歩かないと骨密度って落ちていくらしいよ…俺はリズムで書くタイプだから、どこかでリズムを求め続けているのかもしれない、それはキープされたリズムということではない、外を歩いていると、誰かを避けたり信号を急いで渡ったりしてリズムが変化するだろ、きっとそういうのが必要なのさ、そうして身体の中になにかが堆積していくんだ―言葉っていうのはそのまま、それを放つもののすべてを語るものだという気がするんだ、思考の傾向、あるいは潜在意識の―一人の人間そのものの断片のようなもの、それが言葉だ、わかるだろ、凡庸な連中は判で押したような決め打ちのフレーズしか使わないよ、俺は始めあれにはなにかしら理由があるのだろうと思っていた、面倒臭いからそうしてる、とかね…そんな、取るに足らない理由がね…でも違うんだな、彼らは本当に信じているんだよ、そんなことを言ってる自分自身ってやつをね―本当に心から信じているんだ、そこに理由なんてたぶん無いんだよ、みんないつだって、なんでもかんでも口にすりゃいいと思ってる、でもそれじゃ駄目なんだ、それをどんな風に言うのが正解なのかってことをもっと考えなくちゃいけないのさ、言葉は絡み合って違う意味を持つことが出来る、意味そのものではないというのは、漠然としたものを漠然としたまま語ることが出来るということさ、まとまらないものをまとまらないまま表現するからこそ、人はそこに命の蠢きを見るんじゃないのか…俺は靴を履いて猛烈な光の中へ歩き出していく、蛆のような概念は遠巻きに俺を見つめながら、襲い掛かるチャンスを狙ってでもいるみたいだ。



自由詩 しらふで死にな(毎日は降り注ぐ) Copyright ホロウ・シカエルボク 2023-05-08 21:25:45
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