メドゥーサの瞳
リリー

 ビルの谷間に皐月風
 それは歩道の正面から運ばれてきた
 若い男の声だった

 パパなお前のキモチ分かる。分かってるから今日ユラちゃんに謝ろうな。

 ギョロリとした目に たらこ唇
 ガッチリした肩幅の右腕が坊やの手を、しっかり握っていた
 すれ違う 親子の向かう先はマンションの側にある
 小さな保育園
 父が左脇にお昼寝用の肌布団を丸めて抱え、他にも
 嵩張る布袋を提げている
 坊やは肩からバッグを斜め掛けして口元尖らせ
 道端に植わるツツジの花へ 目を落とす
 父の目は歩く前方へ向けられていた

 まさに蛇の絡み合う様な頭髪をした 父の言葉に 
 坊やの 硬くなった血管の中には今日 
 何かが流れ始めるだろう
 四角い小箱に
 押し込めていた心を開いて
 きっと坊やの気付くキモチは軽く
 気流にのって放たれるだろう
 陽もある
 風もある
 と、そのことを伝えようとする父の瞳は
 宝石だった


 


自由詩 メドゥーサの瞳 Copyright リリー 2023-05-08 06:48:30
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