わたしたち死ぬと甘く軽い生きもの
片野晃司

春の日も夏の日も、そこに行けばそこに海辺があり磯があり、秋の日も冬の日も、そこに行けばそこに丘があり林があり、そこはいつもやわらかく甘い匂いが流れてくる場所。焼き場があるのだ。木陰のさしかかる三角屋根の下へ入っていくと、いままさに亡きがらが黒い円筒形の中へ運び入れられるところ。居並ぶ喪服のすき間から無邪気な子供のようにのぞき込んでみれば、白い手袋の職員が鋳鉄の蓋を閉め、体重をかけて頑丈な留め金を下げて、それから金づちをつかんでバルブの頭を一撃。ドン、大きな音と蒸気があがり、甘く香ばしい香りとともに炉の下からさらさらと白い粒があふれ出てくる、それを仕出し屋の屋号が書かれたクリーム色のトレイに受けて白い山になったのを割烹着の数人がかりで手際よく赤いビニール袋に詰め、先のとがった三角形の形に整えて遺族へ手渡していくと、それで儀式は終わり。それから入れ替わりに次の遺族と次の亡きがらが運び込まれて炉の蓋を閉めてドン、さらさら、甘い匂い。めいめいに白い粒の入った赤い三角の袋を持たされて、そしてまた次のドン、さらさら、甘い匂い。春の日も、夏の日も、ドン、さらさら、おいしいね、ふわふわだね。手のひらに乗せて、さらさら、ふわふわ、食べながら林を抜けて帰ろうね。陽炎の踊る夏の日も、息の凍る寒い冬も、ドン、さらさら、ドン、さらさら、年寄りも、子供も、わたしたちふわふわとさらさらになって、良いことも、悪いことも、わたしたち軽くなって、楽しいことも、悲しいことも、ため込んだことも、吐き出したことも、ふわふわ、さらさら、わたしたち甘くなって、さらさらふわふわ、甘く口の中で溶けていって、わたしたちさらさらにあふれ出ていって、食べきれないのはふわふわ小鳥がつまんで食べて、残りは蟻がさらさら巣の中へ運んでいって、それでも残った粒はふわふわ風に乗って海辺までいって、さらさらと蟹が食べて、いわしが食べて、海に溶けて波の泡になって磯で砕けてふわさらふわさら飛んでいって。


詩誌hotel第二章2021年


自由詩 わたしたち死ぬと甘く軽い生きもの Copyright 片野晃司 2023-05-03 18:01:58
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