マタイによる福音書
墨晶
- L'impromptu
日照りの荒野で獨り修行していると、またも蝙蝠傘をさした黑衣の惡魔がやってきて傍らで漫談を勝手に始める。わたしの氣を散らせ集中させない作戰のつもりらしいが、わたしはあるがままを受け入れる方針こそが眞實を多く發見できると云う敎義を確立しようと格鬪している身上なので、抗わずクーラーバッグから Budwiser を取り出し、橫になり片肘ついて、ハイライトに火を點け惡魔の漫談に耳を傾けるのだが、槪ねいつもあんまり面白くない。從って、あれこれ「ここを直せ」とか「この部分は要らない」とか細やかな添削をするのだが、惡魔としてはいつも自信作のつもりで來ているらしく、いつもわたしに殆ど全否定されると無表情になり、程なくタンブルウィードに姿を變え突風と共に去っていく。わたしは知っている。あの惡魔はわたしの兄だったひとだ。去っていく後ろ姿を見てわたしは確信した。兄さん、もう來るなよ。いや、たまに來てもいいや。いや、やはり來てほしくないかな。いや、だからつまり要するに來る前に電話してくれないかな、兄さん。