ゴッドファーザー
本田憲嵩

「料理を教えてやる」
「いつか二十人分を作ることになったときのために」
「まず、オイルで大蒜を炒める」
「香りが出たらトマトペーストとトマトを加える」
「焦げ付かないようにな」
「頃合いを見てソーセージとミートボールを入れる。赤ワインを少々」
「それから砂糖をひとつまみ入れる」
「これが秘訣さ」


ほとんど叔父にも近い
偉大な父の古くからの友人でもあった
恰幅のいい禿げ頭の腹心からあなたが教わった
このシチリア風のトマト煮込みは
これからも人類に脈々と受け継がせてゆくべき
帝王学のレシピ
その二重顎の叔父のシェフさながらの手際の良さを
目の当たりにして
その大きくて深い鉄の鍋を覗き込んでいた
まだ目醒めはじめたばかりの貴方
ドン・マイケル・コルレオーネ
あなたはあのときいったい何を思っていたのか
あなたはついぞその料理をあなたの家族に振舞うことがなかった
シチリアのような青空の下
華々しい祝宴の席で撮影された集合写真だけが最後にとても輝かしかった
肉食動物の兄は機関銃の蜂の巣にされ
もう一人の惚けた兄と感情的な妹の暴力婿はあなたが始末し
愛する妻とは別れて 跡とり息子は歌に興じ けっして後を継がず
そうしてあなたはもっとも大切な可愛らしい一人娘までをも失った
ああ 渡る世間は鬼ばかり!
家族の調和や企業の行く末にマフィアも堅気も関係ない
家族と時を過ごさない男はけっして本当の男にはなれない
いわんや
それはそれよりも半世紀もの歳月の流れた
ぼくらの時代なら猶更のこと
ああ ぼくらは料理をおぼえよう
いつか家族分を作ることになった時のために
包丁を手にとり フライパンで炒め 鍋で煮こんで
そうして ぼくら人類家族がけっして滅びることのないように
百年!



自由詩 ゴッドファーザー Copyright 本田憲嵩 2023-04-26 23:19:34
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