十二時
リリー

 或日 遠い湖北の外れ町
 心を病みどこへとも行くあての無い 
 たびの子が街からやって来た

 幼すぎるその子に
 ある禅寺のご住職が暫くの宿を
 貸すことにした

 親元を離れた日 女の子は
 胸の中というよりは そのもっと奥深く
 次第に高まり寄せて心全体をゆさぶりのみこむような
 音をきく
 
 襖一枚隔てる隣がご住職の老夫婦の寝間
 客間で目覚めると 白い障子で仕切られた廊下へ出る小さな足
 ボットン便所で用を済ますと
 古い畳の臭いする だだっ広い本堂を横切り
 釣鐘のある縁側へ出てみる
 
 山裾の農道に 夜更けの川音
 切れ間なく 重なり鳴く蛙
 雲には月影 地に浮かぶ墓石
 石段には 足先誘う下駄
 天上 降りそそぐ数多の星屑

 そこに、胸つかまれるほど怖れ見るもの在りて息を呑んだ
 魔物の吐息か?
 生まれて初めて見た天空の大運河が
 ちっとも美しくはなく
 理想崩壊 いや、理想崩潰。

 たびの子の頭上に 
 昨日と今日の境が、たわいなく過ぎていった。

 


自由詩 十二時 Copyright リリー 2023-04-23 07:07:09
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