知ってる人
妻咲邦香

知ってる人がいる
知ってる分だけ見つめる
知らない部分が話しかける
知って欲しいと言いたげに
逃げる私を捕まえる

自問自答の雨あられ
記憶は既にびしょ濡れで
街は途端に頼りない
どんなに襟を正しても
照り返しのアスファルト
足を取られて歩けない

誰も上手に操るけれど
ふにゃふにゃ肉の塊だ
それらしい名で飾りはするが
透かして見れば血の色だ
今日も明日も幽霊は
奇妙な仕事に精を出す
重い重いと嘆きつつ
埋もれた骨がはみ出さぬよう
激痛を宥めすかして

知らない人を見る
知ってる部分が立ち止まり
知って欲しそうに話しかける
みんな饒舌で雄弁だ

家事の手を止める
主婦は井戸端会議に夢中
学生服に身を包む
高校生は改札抜ける
ドライバーは荷物を抱え
老人はゆっくり歩く
電気代は値上がりし
今日も見たこともない病気に
見たこともない名前が付いた

知ってる部分に問い詰められて
私は思わず目を逸らす
その隙に知らない人はいなくなる
知ってる人はたちまち知ってた人となり
私もそっと
知らない人になる



自由詩 知ってる人 Copyright 妻咲邦香 2023-04-13 00:03:43
notebook Home 戻る