夜半、消えゆく音に
AB(なかほど)

   


ひとつ物音が消えてなくなれば、
かき消されていた音が聞こえてきます。

テレビを消してみましょうか。ちょうど今頃
は庭先から、みなさんがよく知ってるものや
そうではない虫の音も聞こえてきます。もち
ろん、スマホやパソコンを覗いてるうちは聞
こえてきませんが、不思議なことに、物語、
例えば、ツルゲーネフやジッドなんかの、青
春を過ぎてはじめて赤面なしに読むことがで
きる、初恋物語を読みながらの虫の音は、今
でも覚えてるような、

ええ、
覚えてるような気がするだけです。

一体全体あの時の虫の音は、あるいは物語の
中から聞こえてくる幻覚、なのかもしれませ
ん。その証拠に、明日の仕事のことを少しで
も思い出すと、簡単に消えてゆくのです。



それより以前、
育った頃の家のまわりはまだまだ田舎で、こ
の季節には、うるさいぐらいの虫の音ととも
に、そして冬には、木枯らしの音なんかと寝
入っていたのだと思いますが、近くに建てら
れた県立病院に向かう救急車のサイレンを、
二つ三つと、数えない夜はありませんでした。

サイレンはやがて止み、
しばらくして耳が闇の音に慣れてくる頃に、
鳴り止んでいた、あるいはかき消されていた
物音に、再びあやされるように眠りにつくの
でした。



そんなわけで、
今日は風の音を聞いて寝ます。僕の家はもう、
県立病院の近くではありませんが、どうか朝
まで、その音を消すものがありませんように、
と。




  


自由詩 夜半、消えゆく音に Copyright AB(なかほど) 2023-04-10 19:13:55
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