沼のほとりに立った時
リリー

 沼の畔に立った時
 私の真下に見知らぬ女が居た
 山を 仰いでいる女が居た
 水草の花は白く咲き
 深いモスグリーンの森は夏なのか
 ひんやりと うす暗い
 私の真下にいる女は
 口角だけを上げ笑っていた
 
 「足立さまぁ!」
 澄ました感じのテノールな声に呼ばれる、
 白衣をまとい前頭部が薄毛で やさおもての薬剤師
 彼は処方箋の薬の説明を丁寧にしてくれる
 支払い済ませ薬袋をトートバッグへ収めて
 もう一度眺めた 壁に掛かる額ぶち

 東山魁夷の『沼の静寂』

 見知らぬ沼のほとりから立ち戻った現実の空間
 ダウンコートを着込み 手袋はめながら 
 ふと 確かめたくなった
 人物が居ない筈の風景画を
 
 沼に
 山を仰いでいる女が 逆さまで
 描かれてあったりしたら
 そんなはず、なくて目を凝らした

 
 


自由詩 沼のほとりに立った時 Copyright リリー 2023-04-10 00:21:11
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