解答用紙
たなべ陽太郎

中学生の頃
僕は数学が嫌いだった
正解があることが嫌だったのだ
正解とはそれ以外のものを間違いとすることだ
鋭いナイフで切り取り
「はい、これが正しい答えです」と示されることに抵抗を感じたのだ
僕にとって何が正しい答えで何が間違いかはもっと曖昧なものであった

空欄のまま解答用紙を提出した
先生は黒板に解答を書き始め、チョークの擦れる音がした
僕は校舎の二階から机に肘をつき外を眺めていた
青い空に飛行機雲が伸びていった

翌日返却され、零点の解答用紙を受け取りポケットに入れた
放課後、遠回りをして川沿いの道を歩いた
逆方向の川上に向かった
深緑の山から蛇行して流れてくる水は澄んでいて川床が見えた
銀色の魚が尾を振りながら泳いでいる
水の匂いを運ぶ風が頬に触れた
風は止み陽が射して川面が光った
「答えはないのだよ」
どこからか声がした
振り返り辺りを見渡したが誰もいない
「解答用紙はいらないのさ」声は続いた
えっ、解答用紙はいらない?
「そういらない、水の流れに答えを書いても次々に消えていくだろう、解答も解答用紙ももともとなかったのさ」
その瞬間、気づいた。答えを書くことを拒否した自分は本当は激しく答えを求めていたことに。
靴が滑りながら急な斜面を下りた。河川敷にはタンポポが咲いていた。水際まで行きしゃがみ込んだ。
透明な水は柔らかな波紋を作り空を映していた。ポケットから空欄の解答用紙を取り出し水面に浮かべた。
紙は上下に揺れながら流れていき見えなくなった。


自由詩 解答用紙 Copyright たなべ陽太郎 2023-04-05 17:31:41
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