アントラー(ウルトラマン)
角田寿星
バラージ
私たちの星では
故郷 を意味する たいせつなことば
私たちは眠る 仮の棲み処であった
バラージの砂漠の下に
私たちの アントラーの庇護のもとで
移民船の故障と不時着はあまりにも不幸な出来事だった。
生き残ったのはわずかに三百人。残る数万人は眠ったまま外骨格を残した
抜け殻と成り果てていた。砂漠の環境は母星とよく似ており移民船の残骸を
街並みに造り換えバラージと名付け私たちは救出を待った。
船の機材はほとんどが流出し物資は圧倒的に足りなかった。若き科学技師
アントルが居なかったなら 私たちの新生活はすぐに終焉を迎えただろう。
生き残りの最年少だった彼が手製の修理キットで造りあげた様々の道具や
装置は私たちの命を繋ぎ止めた。船の機材だけでなく同胞たちの遺骸である
外骨格もアントルは利用した。
救出信号を送り続けた母星向けの通信機はやがて沈黙した。アントルは船の
動力源であった青石の欠片をバラージの尖塔に取り付け その輝きを惑星の
大気圏外に解き放った。
バラージ 蜃気楼のむこう
青石に彩られた美しい伝説
その光は夜になると殊更に輝き
砂漠を往く旅人たちの羅針盤になった という
アントルほど青石を愛した者もいなかっただろう。
青石にはぼくらの夢と希望が詰まってるんだ アントルは常々語った。
青石が輝き続ける限りぼくらは生きる希望を失ってはならない とも。
バラージの青い石。私たちの生命を繋ぐ光。
動力源としても優秀な青石をアントルは最大活用した。慈しむように
少しずつライフラインに装置の動力に使うことによって私たちの
異郷生活はわずかながら軌道に乗っていった。朝の乾いた空
溶け込むようにバラージの尖塔に輝く青石を見上げ私たちは
今日も生きていこうと決意を新たにした。
アントルの製作欲は已むことがなく貴重な青石を丁寧に削っては
同胞の遺骸を繋ぎ合わせる作業を綿々と行っていた。外骨格の硬い殻は
次第に巨大なオブジェを形成していった。志半ばに死んでいった同胞の
夢を集めているんだ アントルは語ったが それが何を意味するのか
誰にも分からなかった。
バラージの輝かしい光はやがて
人々の興味を否応なく惹きつけた
ある者は謎を解き明かそうと
またある者はすべてを手中にしようとして
先住民とのファーストコンタクトは惨めな失敗に終わった。
私たちは近辺の砂漠で行き倒れた先住民に水を飲ませ介抱した。
蜃気楼と砂煙りの彼方からはるばるやって来たのだろう彼は
私たちの既知の生物とは似ても似つかない柔らかな皮膚と体毛を
持っていた。そして目覚めた先住民が私たちを視る目つきは
恐懼以外の何ものでもなかった。
彼の拒絶を宥める術を私たちは持たなかった。思念はまるで通じず
言葉は互いに雑音でしかなく身振り手振りさえも彼の恐慌を
徒に煽るばかりだった。
姿を消した先住民の次にやって来たのは軍隊だった。先触れもなく
降り注いだ矢の雨に私たちの仲間は斃れ または抵抗する暇もなく
残酷に槍で刺され剣で頸を切られた。録音した先住民の言葉を元に
アントルの製作した翻訳機からは
“神の御名のもとに 冥府の化けものどもを皆殺しにせよ”
と 私たちにとって意味不明の音声が幾度も繰り返された。
逃げ惑う人々の間を縫ってアントルは
バラージの尖塔に駆け上り 青石に何かの装置を挿し込み
両手で高く天に掲げると
アントルの躰は青い輝きに包まれた
青石で繋ぎ合わされた同胞の遺骸が
その輝きに引き寄せられ アントルの躰に次々と
集まり 付着し 全身の硬い殻とおおきな顎を持つ
異形の巨人となった
それが磁力怪獣
アントラーの目覚めだった
アントラーの活躍により私たちは全滅を免れバラージを抜け出した。
私たちのバラージは先住民に占領され 逃げのびることのできた同胞は
三十人に満たなかった。
アントラーは私たちに語りかける。かつてかけがえのない同胞だった
異形の怪物。もはや言葉を話すことはできず 甲高い音でキチキチと
おおきな顎を細かく動かすばかりだった。
私たちの頭に直接届いてきたアントラーの思念。
同胞たちの遺骸であった硬い殻の外骨格。アントルはそこにわずかに
残る思念の欠片に気づいていた。それは新天地へ向かう移民たちの
熱い夢と希望だった。青石を触媒に数万の同胞たちの夢の残渣を
紡ぎ合わせた結果がアントラーなのだ とアントルであった怪獣は
熱く語った。
私たちは死んだ同胞たちに命を救われたのだった。
アントラーは砂漠に深い穴を掘り 穴の底に私たちは隠れ棲んだが
水も食糧もない状況下に ついに私たちは生命活動の停止を選択した。
死んだわけではない。仮死状態となり砂漠の穴の底で眠りつづける
ことにした。アントラーは不眠不休で私たちの安全を確保するべく
穴の周囲に張った磁力線のバリヤーで先住民の侵入を防いだ。
私たちの夢の中で
アントラーの声がきこえる
私たちはひとりではない
数万の同胞の夢とともにあるのだ と
時が流れた。私たちのバラージはもはや先住民たちのものとなり
彼らは当たり前のようにそこで仔を産み 死に 栄華を誇った。
アントラーは折を見ては穴を抜け出しバラージの奪還を試みたと聞く。
先住民を追い払い懐かしいバラージの尖塔に手が届こうとした矢先
ノア と名乗る銀色の巨人が 先住民の味方となって顕れた。
アントラーは私たちの夢に語り続ける。
銀色の巨人が腕から放った光線にも 私たちの強固な夢はびくとも
しなかった。しかし故は知らぬが巨人は故郷の青石を携えていた。
ノアの掲げる青い石に 同胞たちの思念は母星の記憶を思い起こし
図らずも青石に躰ごと吸い寄せられアントラーは動きを止めた。
危うくも活動停止と分裂の憂き目に遭うところだった。
あれだけ頼りにし愛した青石に殺されそうになった。自分は未来永劫
青い石を手にすることは出来ないのだ 夢の中でアントラーは
淋しく笑った。
バラージの青い石
懐かしい故郷のよすがが
私たちを 故郷から遠ざける
遠い過去に発した救出信号が バラージの尖塔に掲げた青石の光が
母星に届くのはいつのことだろう。私たちは待つ。異郷の砂漠の
穴の底で。夢の中にアントラーが来なくなり ずいぶん経つような
気がする。アントラーはどこに行ったのだろう。
平和を取り戻した蜃気楼の街バラージで青石を愛おしく削りながら
作業に精を出している後ろ姿がある。今日もまた何か作ってるのかい
私たちは苦笑混じりにアントルに話しかける。毎日毎日倦むことなく
何百年も発明製作を続けた結果 彼の作った装置は正直 置き場所にも
困っている始末だ。アントルは振り返り今回の発明品について説明を
始めそれに私たちは何時間も付き合う羽目になる……
バラージの砂漠の下 私たちは幸せな夢を見続けた。
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