鮟鱇(あんこう)を海にかえす
室町

    
戦後から置かれていた古い水槽は
藻でいっぱいになっている
わたしたちの先輩はそこで深海魚を飼っていた
丁寧に
飼育の仕方の教本までつくって
鮟鱇に名前をつけていた
現代詩
という名前だった
鮟鱇が大きくなると水槽はせまくなった
わたしはその魚を
深海にかえそうとおもっている
他の鮟鱇と見分けができなくなって
間近に見ることも叶わなく
なるだろうけど
名前を失って
深海の中の一つに戻ってしまう魚は
広大な世界で泳ぎだす
というわけでもなく
水圧の強い
餌の少ない
暗い海の底で
自らの力で淡い光を灯しているでしょう
でも
古い水槽はもう古い意味でいっぱいだ
鮟鱇はけいれんを起こしている
そろそろ
飼育された深海魚を
海に放すときがきた
いつかまた
新しい水槽にもどってくる日が
必ず来るとしても
今はもう
両手に鮟鱇を抱えて
ひろい海原をみている


自由詩 鮟鱇(あんこう)を海にかえす Copyright 室町 2022-10-08 04:59:57
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