妻咲邦香


君は座っている
石畳の上、足を投げ出して
急な階段、手摺りに凭れるようにして
座っている
座って、僕を見ている
真っ直ぐに
作りかけの猛獣のような目で
悟り切った爬虫類のような息をして
見ている
それは僕ではなかっただろう
それでも見ている
石畳の上に、座っている
夜は濡れている
濡れて光っている
鞄の紐が肩からずり落ちて
でもそんなことお構いなしに
座っている
冷たい風も来ないままに
優しい時も待てないままに
見ている
黙って
見つめている
僕を
僕じゃないものを見ている
呼んでいる
今日、消え失せてしまうものを
呼び寄せている
弔うように
嘲笑うように
電車の音がする
季節が徐々に引き裂かれていって
中の肉が顕わになって
血生臭い匂いがする
その匂いを嗅ぎながら
君は僕を見ている
見て座っている
石畳の上
全部投げ出して
持っていたもの全部
鞄や化粧道具や飲みかけのペットボトル
投げ出して、転がって
急な階段
滑るように、落ちていく
君の周り
君以外全部
転がり落ちていく
街も景色も何もかも
それを君は見ている
僕も見ている
夜も見ている
夜は濡れて光って、いる
居酒屋の引き戸が開いて
ビールケースの空の瓶、が
触れ合う、音が、する
僕の、カメラ

壊れ、て
いる


自由詩Copyright 妻咲邦香 2022-09-15 21:56:09
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