誰がバンビを殺したか
ホロウ・シカエルボク
運営元が二十年前に行方をくらまして放置されていた巨大迷路の跡地、その駐車場だった場所で、アスファルトを突き破るように伸びた雑草のジャングルの中に手を繋いで死んでいた二人の少女の死体―始め、警察はどんな手がかりも得ることは出来なかった、それは山の中腹にひっそりとある廃墟で、目撃者はおろか周辺に住人はひとりも居ないありさまだった、けれど探せば何か見つかるはずだと彼らは考えていた、楽観視していたと言ってもいい、その主な原因としては、二人の少女はたった今死んだばかりというように生気すら漂わせていたからだ、しかし、現場から彼女ら以外の人間の痕跡を見つけることは出来なかった、外傷はいっさいなく、死因は特定出来なかった、死体は解剖されることになった、二人揃って病死とは考え難いが、感染症のような可能性もなくはなかった、解剖を担当した医師は頭を抱えた、死因が特定出来なかったことが原因ではない、その死体はあまりにも不可解だったからだ…「人間であることは間違いがないが―何かの理由で血液だけが注入されなかった未使用の人間―たとえて言うならそんな感覚だ…すべての皮膚、臓器、骨格、神経、血管が丁寧に模造された人形にすら思える、わたしにはこの死体がつい数時間前まで生きていたなんて思えない」医師は首を横に振った「彼女らは腐敗すらしない、肉体が変化しない…死蝋化、あるいはミイラ、そういうものでもない、生きるために作られたが命を与えてもらえなかった、これはそういうものに見える」捜査をしているものたちはようやくこれがただの事件でないことに気付いた、とはいえ、彼らはマニュアルに従って署に保管されている行方不明者のファイルなどをあたるなどする他なかった、少女の行方不明事件など腐るほどある、膨大なファイルをくまなく探しても該当する人物は見つけられなかった、思いつく限りのファイルを手当たり次第に漁ってもなにも見つけることは出来ず、完全に手詰まりになった、新聞に少女の写真を載せてみてはどうだろう、と、ひとりが提案した、やってみる価値はあるな、と皆が同意した、街に彼女たちの顔をばらまけば親族や知人などから情報が得られるかもしれない…だがしかし、それならその誰かから捜索願が出ているものではないか…?進展するのかしないのかまったく予想出来ないまま、とにかくそれは身元不明の死体として公表された、彼女たちを知っている人が居ればどんな些細なことでも我々に教えて欲しい、マスコミ担当の刑事は静かにそう述べた、おそらくはほとんどが思い込みかでっちあげになるだろう、と予想されたが、それは大きく覆されることとなった、彼女たちの件で電話が鳴ることはなかったし、封書で意味ありげなものが届いたり、言動のおかしな者が署を訪ねて来ることも一度もなかった、二人の少女の死体はなにひとつ手がかりを得られないまま半年が過ぎ、関わる者たちが諦め始めたころだった―一人の老婆が杖を突きながら署を訪れた、ぼさぼさの、雑草のような白髪に、乾燥させた果物のような薄汚れた浅黒い皺だらけの顔、薬物中毒すら疑えそうな虚ろな目、半開きの口、いつ身に着けたのか分からない薄汚れたワンピースを着て、メリーとローラの話をしに来たんだ、と、受付で声を張り上げた、それを目撃した署員らは少しの間きょとんとしたが、もしかしたらあの少女のことかもしれないと気づいてとりあえず相談室へと招いた、「お名前は?」「忘れた」「ええと…新聞に載っていた二人の少女のことですね?」「そうだ、メリーとローラだ、わたしの…同級生だった、小学校のときだ」彼女の話を聞いた警官は、この老婆は認知症か何かで妄想を喋っているかもしれないと考えたが、少し席を外して事件を担当している刑事を呼び出してもらった、彼はすぐに相談室にやって来て老婆にあれこれと質問をした、老婆は自分に関することはなにも話すことは出来なかったが、メリーとローラに関してはすべてを知っているかのような確信に満ちた表情で話した、当時の彼女らの住居、出席番号、成績、身長、体重―身体検査の後で結果を見せ合ったそうだ、これは本当かもしれない、刑事はすぐに人を呼んですべての裏を取るように言った、あらゆる質問に答えた後、老婆は目を細めて驚くべきことを言った「わたしが殺した、あの駐車場がまだ沼だった時に」「あの子たちは皆に好かれていた、わたしはそれが忌々しかった、だから、あの沼に一緒に遊びに行って、背中を押して落とした、二人はもがくことも出来ないまま沈んでいった、わたしは家に走って帰った、誰もそのことを知らなかった、二人はただ行方が分からなくなった、刑事が一度教室に来て、通り一遍の質問をして帰った、きっと見つかることはない、とわたしは分かっていた、あそこに沼があることなんてこの街ではわたしくらいしか知らなかった、沼が埋め立てられて駐車場が作られたとき、わたしは一生彼女らを殺したことを誰にも知られないまま生きるのだと愉快な気持ちになった、なのに、どうして今頃…」老婆は急に言葉を切って床の左隅を見たかと思うと、突然テーブルに突っ伏した、心臓が止まっていた―外に出ていた刑事から連絡があり、すべて裏が取れた、ということだった、「彼女たちは六十年前に行方不明になった少女だ、それが真実だ」老婆の死体が運び出されたあと、相談室に居た刑事は首を横に振った、六十年前の行方不明者のファイルが資料室にあるだろうか、仮に、そこに二人の少女が生きていた頃の写真を見つけたとして、どんな気持ちでそれを片付ければいいのだろうか?椅子に腰を下ろし、老婆が最期に眺めた床の隅をじっと眺めた、いつもと同じ退屈な景色だった、速い午後の陽射しがブラインド越しにそのあたりを照らしていた、この景色はしばらく忘れることは出来ないだろう、もしかしたら一生―刑事は眉間に皺を寄せながらのっそりと部屋を出て行った、メリーとローラのことなどもう考えたくもなかった。