幽霊よりも側にいて
ただのみきや
あなたの不眠のグラスにこと切れた蝉
唇は一度たりともことばを選ばなかった
切り株から伸びたイチョウの若葉に懸想して
黄色い蝶は消えた風に捲かれて土手の向こう
黴のような憧れと忌まわしさの人工地母神
夏草をまとった見知らぬ原風景よ
雨にぼかされた記号と記号のまぐわい
時計にはなれず萎えた手足をいくつも生やし
齟齬には吐血で応え
放物線の果て一線を越える
わたしという解は生の数式の尾をひいて
貝を踏んだそぶりも見せず
水に溶けてゆくあなた
白い笑いを喉につまらせて
空と海を分かつ線
熟れ過ぎたトマトと切れない包丁
新聞紙に包んで捨てられていた
唇と唇に挟まれた心臓
耳の中で寝返りを打つ足の爪のシアン
濁った光に頬をあずけて蟻の行方に海を見た
死者の片言と結ばれて白い泡沫に吸い尽くされて
痩せ細った月にすがりつく蔓草
舌の裏に隠した螢
《2022年8月7日》