道連れ
莉音
以後「彼」は「総統」を意味する。現在「総統」を首班とする国家は中華民国のみであるが、この詩の内容はあきらかに中華民国のことではない。したがってフィクションである。昔、この国では
暴力が暴力を生み
二千万人以上の命を奪い
その血の代償として
「戦後」という箍と共に
一時の平和が与えられた
しかし平和は数の暴力で壊され
司法は権力に屈し
不正が蔓延した
権力を持つ者が総てだ
弱者は自己責任だ
悔しければお前も同じ立場になれ
そうして貧しい人は虐げられ
それでも自分が弱者だと認められず
強きに媚び、弱きを蔑み
民の冷え切った支持によって
冷笑が広がっていった
なんとなく強そうだから
この国はすごいと言ってくれる
みんなそう言っているじゃん
反対する奴なんて邪魔だから
悔しければ勝ってみろよ
サヨクの負け犬がw
*
人々は下ばかりを見ては叩き合い
支配階層は固定され
選挙は信任投票と化した
追い詰められた人々が
虚像の幸福を憎しみ
幸福そうな他人を殺すようになった
誰でもよかった
死刑になりたかった
追い詰められた人々は
最強の人となって
暴発するようになった
そのある人は障碍者を大勢殺した
障害者は不幸を生むだけ
総統も僕を褒めてくれる
と笑みを浮かべながら
その時、彼*1は否定もせず
ただ、口を閉ざした
彼は時さえ統めようとし
社会の秩序を捻じ曲げた
弱い立場の人間へ罪を押し付け
時にはその命さえ失われた
こうして自ら育てた混沌の中で
恐怖の化け物が産み出された
それでも人々は彼を選んだ
彼は民から信任され続けた
その頂点で彼は古い故事から詠んだ
この世をば
わが世とぞ思ふ
望月の
欠けたることも
なしと思へば
かの藤原道長が
栄華の果てに詠い
人生の下り坂の始まりとなった
不吉な歌を
*
先の見えない不景気の中
人を陥れる異端も増えた
彼はその庇護者でさえあった
彼は箍を憎んだ
固定化された階級社会の
錆びついた玉座に腰かけながら言った
我らにもっともっと力を与えよ
もはや「戦後」ではないのだ
虐げられた者の一人が
彼の産み出した恐怖となって
その背後に迫っていることも知らず
その血肉は一つの人間に過ぎぬことも忘れ
彼は討たれた
人々は驚き、心を痛め、彼を弔い
権力に力を与えてしまった
こうして民は選び取った
彼とともに道連れとなる運命を
或る神学者はこう言った
地獄への道は善意で敷き詰められている――
*
歴史の針は戻ってしまった
恐怖によって国が揺り動かされる時代へ
彼の死によって
「戦後」は終わった
もう時間は残されていない
わたしのすぐ目の前に迫っている
軍靴の音が
全体主義の悪夢が
今日は戦争前夜
*1 以後「彼」は「総統」を意味する。現在「総統」を首班とする国家は中華民国のみであるが、この詩の内容はあきらかに中華民国のことではない。したがってフィクションである。