きみの子午線をたどる旅
ただのみきや
一房の秘密が落ちていた
甘くぬかるんだ午後の与太話の上
なんの理由も縫い付けられないまま
傷も見当たらずまだ温もりを感じさせる
カワセミの骸のように
掌でそっと包みたくなるような
それでいて人目が憚られて
黙してうつむく野の花へ
しつこく求愛する蝶のように
眼差しだけ忙しなく
ふれたり はなれたり
すると溺れていた一匹の蟻が
わたしの嫉妬をよそに縋りつき
襞の隙間を縫うように
香りの源泉を探り始めた
やがて蟻は一匹また一匹と増え
黒い文字の渦となってそれは
もう死者の頭部にしか見えなかった
かつて心臓だったものが
かたちのない性器へと変わってしまう
言葉にしないための闘争が
言葉によりただ延々と
*
くり返される女があった
棚に上げることのできない
明日の琥珀が目交いで剥かれていく
共時性と書かれた片方の靴が
大気の舌で形象を滲ませていた
寛大さから滴る大量の汗
荷車で運ばれて行方不明になった
記憶と青い臓器たち
壁を走る魚影を貫いたままペンは化石化する
その間もゴミ収集車が何度も
回転ドアを通り過ぎて行った
遺灰からより分けられた卵巣
卒塔婆の体温計は平熱を示す
睫毛の痙攣と寡黙な過呼吸
夏の蜂が刺す場所に迷うほど
対峙すればいつも球体
*
脆弱な身体と
社会性はそのままに
こころだけハリセンボン
精一杯ふくらんで
鏡の前でニッコリ笑う
そんなきみが大嫌い
ウソウソ本当は好きだから
針でつついてあげる
ほらパーンと弾けて
辺りは皆殺し
でもこころだから
こころの中だけ皆殺し
*
開いた本の上を
ダニが歩いていた
見開き左右
記号で出来た二次元の街を
赤い点が移動する
ペン先が禍となって
天からダニを襲う
逃げ回る
ナスカの絵のように
大きすぎる迷路に
戸惑うこともなく
難なく直進して
だがなん度目かの禍で
ダニは圧死した
微細な体液の
生と死の捺印と
わたしの愚行により
頁は汚されていた
物語とは関係のない
物語のために
数秒間それは
意味を失していた
そんな記号の羅列
二次元の廃墟を
わたしたちは駆け抜けたのだ
《2022年7月2日》