ふるえる秒針
ただのみきや
言葉の仮面をつけて
詩のようななにかが四肢を点滅させる
素足の子供らが光と影をくぐり抜けて
遠い落日へ吸い込まれてゆく
記憶の感光 夏に燃やされる手紙の束
*
夜を転がるビー玉ひとつ
イメージ そこにあってそこにないもの
*
鬼はすらりとした脚で去って行く
仔犬が後を追いかける
仔犬は鬼からこぼれた心臓だ
角を持つのも悪くない
番の鴉に追い立てられて
わたしはさまようひとつの声だ
像を伴う声 声を伴う像ではなく
*
あの星の光は過去のものか
では今とは この瞬間とはなにか
山岳地帯に咲いたノートから
飛び去ってゆくマントラチックな青の群れ
ネズミたちが目蓋の中で太陽をかじっていた
骨の歌声が聞えるか
呼び交わす夜の水のあの声が
*
月が嫉妬するその果実は花をも忘れさせた
空ろの型を密に満たす
その曲線 熱 弾力
原初の喪失の肖像化
触れることも嗅ぐことも永久に許されない
*
眠らない心音は壁をさまよう魚になった
液化した眼差しから羽化したもの
触れるたびにひとつずつ
言葉が裂ける
だれかに口を塞がれたように
祝祭の矢が黒く集約されて
金属的な夜で埋められてゆく
月はバターみたいに溶けた
*
混沌を母として
秩序を師として
結実した矛盾の完成形
発火した現象の眩い影
オピウムの目
*
奇妙な落胆だった
熟れ過ぎたプラムのように
雨はなにも語らない
ただ人は鏡の糸に微かな火花をちらつかせ
見えているようで見えていない
意識の少し先から
鋭利な刃物を向けられた気持ちになる
消えていった
静かに蛇のように
唇の赤だけが絶望的なほど
雷鳴が追いつくまで
ふるえる秒針のように
*
ヌミノーゼの波に乗って
干し草の香りがする二つのパンを食べた
少女が母親になるまでの時間
その胸元の陰で
ヌミノーゼの波に乗って
目覚めたばかりの二つの舌を切った
小川にねころぶ小鹿のさえずり
唐辛子の首飾り
ヌミノーゼの波に乗って
暗がりの二つの声を結ぶ
八人の赤ん坊が食い荒らす緑のウエディングドレス
軽薄な祈りと笑いへの投身自殺
ヌミノーゼの波に乗って
百合のような二つの手を差し出した
青い日差しがろくろを回す
死のエッセエンスと泡立ちの中で
ヌミノーゼの波に乗って
眼差し二つの衝突に
今というこの瞬間が砕け散る
残ったのは繋がりを失くした奇行だけ
ノミはネズミの耳に乗って
黒い酒樽の中で二つの愛に迷う
笛の音が焼きごてを踊らせていた
沈黙に座礁した黄金の子どもの尻を蹴るために
《2022年6月26日》