ふるえる秒針
ただのみきや

言葉の仮面をつけて
詩のようななにかが四肢を点滅させる
素足の子供らが光と影をくぐり抜けて
遠い落日へ吸い込まれてゆく
記憶の感光 夏に燃やされる手紙の束


夜を転がるビー玉ひとつ
イメージ そこにあってそこにないもの


鬼はすらりとした脚で去って行く
仔犬が後を追いかける
仔犬は鬼からこぼれた心臓だ
角を持つのも悪くない
番の鴉に追い立てられて
わたしはさまようひとつの声だ
像を伴う声 声を伴う像ではなく


あの星の光は過去のものか
では今とは この瞬間とはなにか
山岳地帯に咲いたノートから
飛び去ってゆくマントラチックな青の群れ
ネズミたちが目蓋の中で太陽をかじっていた
骨の歌声が聞えるか
呼び交わす夜の水のあの声が


月が嫉妬するその果実は花をも忘れさせた
空ろの型を密に満たす
その曲線 熱 弾力
原初の喪失の肖像化
触れることも嗅ぐことも永久に許されない


眠らない心音は壁をさまよう魚になった
液化した眼差しから羽化したもの
触れるたびにひとつずつ
言葉が裂ける
だれかに口を塞がれたように

祝祭の矢が黒く集約されて
金属的な夜で埋められてゆく
月はバターみたいに溶けた


混沌を母として
秩序を師として
結実した矛盾の完成形
発火した現象の眩い影
オピウムの目


奇妙な落胆だった
熟れ過ぎたプラムのように
雨はなにも語らない
ただ人は鏡の糸に微かな火花をちらつかせ
見えているようで見えていない
意識の少し先から
鋭利な刃物を向けられた気持ちになる
消えていった
静かに蛇のように
唇の赤だけが絶望的なほど
雷鳴が追いつくまで
ふるえる秒針のように


ヌミノーゼの波に乗って
干し草の香りがする二つのパンを食べた
少女が母親になるまでの時間
その胸元の陰で

ヌミノーゼの波に乗って
目覚めたばかりの二つの舌を切った
小川にねころぶ小鹿のさえずり
唐辛子の首飾り

ヌミノーゼの波に乗って
暗がりの二つの声を結ぶ
八人の赤ん坊が食い荒らす緑のウエディングドレス
軽薄な祈りと笑いへの投身自殺

ヌミノーゼの波に乗って
百合のような二つの手を差し出した
青い日差しがろくろを回す
死のエッセエンスと泡立ちの中で

ヌミノーゼの波に乗って
眼差し二つの衝突に
今というこの瞬間が砕け散る
残ったのは繋がりを失くした奇行だけ

ノミはネズミの耳に乗って
黒い酒樽の中で二つの愛に迷う
笛の音が焼きごてを踊らせていた
沈黙に座礁した黄金の子どもの尻を蹴るために



                  《2022年6月26日》










自由詩 ふるえる秒針 Copyright ただのみきや 2022-06-26 13:58:08
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