ひとりで歩いた道のことしか覚えられない
ホロウ・シカエルボク


どこからやってくるのか分からない鈍い反射を受け止める網膜は在りもしないものばかりを確信したがっていて、薄汚い言葉ばかりを口にしてはまた時間をドブに捨てる、昨日までの雨のにおい、溶解した記憶が隠れるように流れていく排水溝、ダル・セーニョばかりの譜面、瞳孔の奥、人生で一度も気づいたこともないものたちのわだかまり、クラクションの乱れ打ち週末のハイウェイ、狂気に裏打ちされるべき正気、顔面殴打のダメージの反動、ロード・ムービー垂れ流し二十四時間、コンドミニアムでピック・アップされた連続殺人者の閉ざされた唇、五臓六腑駆け巡る世迷い言、連続する動乱のまたたく間に増えていく亡骸の数、百聞は一見にしかず、目に見えるものなど結局はそれだけのことさ、愚かな主義は主張以外にするべきことを持たない、言ったもん勝ち、口先だけの戦争、勲章もなければ称賛もない、ワインディングロードに蹲り脹脛の肉を削ぎ落とす、昔からあるやつさ、悪夢から逃れるには身体を痛めつけるのが一番、足取りを追うのなら血の川の上流を目指せ、意味有りげな無意味をパンくずみたいにばら撒いておいてやるから、拾い上げては頭を悩ませてみるんだな、ラジオ・デイズ、知らない歌ばかりのチャンネル、ひとつでも多く知っておくに越したことはない、ボキャブラリーこそが人間を先に進ませる、それでもどうしても語り尽くさねばならないと言うなら、自分自身が空っぽになるまで喋り続けるべきだ、理性でも、感性でも、知性でもないところで、自分にすら理解出来ないような言葉をぶち撒け続けるべきさ、空っぽになるまで続けるのには覚悟がいるぜ、無意識の言葉は留まることを知らず、次々と生まれてくるからだ、手当たりしだいに拾い上げて連ねていかなければ間に合わない、渋滞してそれ以上どこへも行けなくなってしまう、言葉は、誰かになにかを伝えるために発せられるべきものではない、それはあくまでも、自分自身の中に巣食う幾つもの怪物を押し流すために発するべきものなのさ、身体を軽くするんだ、身体を軽くすると、もっと様々なものを受信することが出来る、自信した電波は、新しい言葉に変わる、そいつは発せられるための言葉たちの最後尾に並ぶんだ、そいつがはっきりとした形を、意味を持つ前に吐き出さなければならない、生まれたての言葉はたくさんの意味を持つことが出来る、時間が経ってしまった言葉はだんだんと含むものが少なくなる、血液と同じさ、冷えれば固まり、黒く変わってしまう、そうなる前に新しい一行を並べるんだ、スピードに乗って、拾い上げたものを瞬間の判断で並べていくんだ、それは一秒ごとに意味を変えてしまう、書きつけたときには書こうと思っていたものとは違っているのかもしれない、でもそんなこと確かめる術はありはしない、俺は言葉を並べるときには思考には頼らないから、それをすると途端に言葉はつまらないものに成り果ててしまう、意図はよろしくない、そいつは言葉を作為的なものにしてしまう、素顔が分からないほどに顔面を塗りたくった女のようになってしまう、すべては指先が弾き出すものに任せるんだ、真実は固定出来るものではない、いまこの瞬間本当に正直なものを書き連ねたいという衝動の中にしかないものなのさ、だからこそ俺はこんな風に書き続けているんだ、ねえ、言葉なんて本来なんの意味も持たない、同じ言葉ひとつとっても、人によって受け取り方は違うだろう、そいつがなにを求めているのかに寄るのさ、そんな風に個と個の間でふらつくのが意味というものさ、だから食い違う、同じ言語によって話をしていてもね、それを恐れて人は、わかりやすい言葉ばかりを使うようになる、だけどそこにはどんな美徳も在りはしない、満員の電車に列をなして並び、乗り込むのと同じことさ、共通の認識なんてどうして必要なんだ?誰もが自分のために言葉を連ねているはずじゃないか、俺は言葉とだけ話すことにした、そうさ、俺の言葉は俺にとってしか意味をなさない、でもそれは、他の誰かにとってはなんの意味もないということではない、それがどういう意味かはわかるよね?こんなものをこんなところまで読んでいるのだもの、人間が可能な限りのものをぶち撒けて見せるとき、それは見世物としちゃちょっとしたものになる、パフォーマンスの本質ってきっとそういうもんだぜ、コミニュケーションの脳天を撃ち抜け、当たり障りのない、耳障りのいい言葉だけで話しかけてくるやつなんて信じるべきじゃない、みんな、嘘をつき過ぎる、奥底から描き出されるものに目を向けろ、そうして初めて俺達は心から笑い合うことが出来るんじゃないのか、言い表せないものの為に言葉はある、それが人を次の詩へと向かわせるんじゃないのか?


自由詩 ひとりで歩いた道のことしか覚えられない Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-05-15 23:43:53
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