日差しと思い出
番田
ベランダに外用の椅子を置いたのだ。椅子は、イケアで買ったものだった。東向きの部屋のひとときの幸福を、その、赤い椅子で確かに感じたのだ。その日は部屋の中にいるには日当たりのよすぎた日だった。僕は曇りガラスの向こう側にあるものをぼんやりと見ていたのである。見ていたのは過去の記憶の中にだけあった風景だったのかもしれない。10年前に面接した会社の風景であったりを。あれは原宿の一角にあった小さな会社だった。枯れ葉の舞い落ちていた通りの喫茶店の近く。僕は職安の紹介状をいつものバックの中に入れていた。時間を潰すためにそこでコーヒーを飲んでいたのだ。周りには、このあたりの住人であろう多くの中年の女性が座っていた。都内のどこかのファミレスでも僕は似たような光景を平日に見かけた気がする。人でごった返していた店内で料理が運ばれてこなかったというのもあって、同行中の上司が店員を叱っていた。しかしあの会社は辞めてしまったのだ。僕は、もう、何も考える必要は無いのである。時間を潰すためにある時はドラッグストアにいたこともあった。夏の非常に暑い日で、面接する会社のそばで日陰を求めて歩いていた。子供の頃は午前中の部活を終えて、あの、冷房の効いた部屋でテレビを見ていた時間だったのかもしれなかった。その駅で降りたのはほとんど初めてのことだった。中央線の駅から出ると長い道をかなり歩かされていた。僕はその日はバイトを休んで面接をしてまわっていた。不景気の中で生きてきたせいか日に何本も面接を入れることにはもうずいぶんと慣れていたしそれが基本でもあったのである。僕はひととおり面接を終えると帰りの電車のホームに立っていた。ホームには、これから会社に戻るのであろう営業マンの姿を何人か見かけた。僕もそんなふうに彼らと同じようにそこに立っていた日が、確かにあった。