バウンドの世代
ホロウ・シカエルボク
僕らは充血しながら、動脈瘤の世界で明滅を繰り返す、循環するメジャーとマイナーのコード、ハウリングしてる緊急避難警報、駅の片隅のデッドスペース、沢山の要らないデスクチェアーの一番上に放置された黒電話が、古き良き時代の暢気な三連符を回想している、吐きガスの濁流の中で原因たちが苛立っている、そのホーンの残響のなんと浅ましいこと、空で弾けて消えたどこかの航空機と、未確認飛行物体のニュース、陰謀論で構築されていく平和、暗いところに灯りを照らすことがポジティブだと教えられた世代が、新しい神を作って我儘の理由にする、遠い世界の孤独がいくつかのセンテンスになって僕らを生かしている、ふと記憶の片隅から顔を出した懐かしい歌は、口にするたびに新しい意味を持つ、同じ世界観で語られる言葉にしか意味を見出せないやつら、群れて騒いで正しい振りをする、無意識のコメディの悲しみは不摂生で汚れた肌の上に浮き出ている、コルセットみたいな価値観が絶対的な神のように君臨している、重さがあるからではなく、単純だから揺るぎ無いのだ、一年生の足し算の真実、一年生の意地によって築き上げられる水準、僕らの充血は目薬じゃ治らない、視神経はとうに煙を上げている、忘却の中にしか原因は見つけられない、名札の名前を読めなくすることがあいつにとっては誇りなんだってさ、高速道路を疾走する光、どんな動力よりも速い、それは霊的な速度、進行によって生まれる風が僕らを虜にする、曖昧でかたちのない感覚こそが一番確かなイメージを与えてくれる、本当の神様はそこに居る、信仰も教義も要らない、そんなものとは無関係にただそこに居る、入口になり得る言葉を探して、閉鎖された図書館で国語辞典を読み漁る、電気が止められているせいでそれにはとても時間がかかる、見つける、という行為の本質は、自分の中にあるものと外にあるものとの質のいい調和を得るというものだ、僕らはそうして魂の水かさを増やしていく、そうして浮かび上がるための水面が上昇し、苦労してまた浮かび上がると新しい景色が見える、人が訪れない図書館は人間の脳味噌だけをたくさん詰め込んだガラスの瓶に思える、変質した紙が指先の皮膚を食って血が滲む、それでもページを捲ることはやめられないのだ、指先の痛みよりもずっと、拭わなければならないものを僕らは抱えている、それでも図書館を追い出されるときはやって来る、空気が人を拒み始める時間というのが必ずある、僕らは荷物を手早くまとめ、気に入った本を手に取って出て行く、貸し借りの手続きは必要ない、だって受付に誰も居ないのだから、勝手に借りて、勝手に返しておけばいい、本質を見失わなければシステムは生き続けるものだ、青過ぎる街灯の下で熱を求め過ぎた蛾が激しく燃えている、悲鳴を上げられないというのは悲しいものなのかもしれない、彼らの死はあまりにも無機質に見える、電池の切れたデジタル時計の方がずっと命を感じさせる、堤防の向こうの砂浜には不時着した誰かがいままさに力尽きようとしている、彼の記憶はいつか波がすべてさらって行ってしまう、黄色過ぎる月は馬鹿でかい生きものがこちらを覗いているような気分にさせる、僕らはイギリスのバンドの曲ばかりを選んで歌いながら、心肺機能が限界を迎えるまで堤防沿いを疾走する、すれ違う車、すれ違う人間、すれ違う野良犬、すれ違う夜、そのどれとも僕らは交わらない、交わろうとしても交われるものではない、息が上がる、でも苦しさの中、呼吸が確かにそこに存在しているのだと感じることが出来る、動脈瘤の世界で命が明滅を繰り返す、生まれ落ちた瞬間、最初に目にしたものはもしかしたら絶望だったのかもしれない、だから最初から、失われたものや抜け落ちた感情が必要だった、欠損したピースは必ず、僕らの暗闇にしっくりくるだろうってみんなわかっていた、夜明けまでにはまだ数時間あるから、走ろう、膝が存在を支えられなくなる瞬間まで、走ろう、視界が滲み、汗が吹き出し、心臓がジャングルビートに駆逐されるその瞬間まで、走ろう、僕らは夜の中で明滅を繰り返す、未来は、どれだけの過去を積み上げたのかという確認事項でしかない、明日を誇るために、どんな些細なことも考えることなくいまだけは走ろう、どんなに走っても遠くへ行けるわけじゃない、けれど、鞄の中で揺れている図書館の本が、その行数と同じだけのなにかを僕らに求めている、どうしたってそいつにはきちんと答えて見せなくちゃいけないんだ、走ろう、夜明けまではまだ数時間ある、どんなものも僕らのすべてを照らし出したりなんかしない、すべてが決断のもとに動くこの時間、僕らは明滅を繰り返す、太陽の下では意味すら伝わりはしないその明かりは、いま確かに生きている僕らの荒い呼吸の中で歓喜の歌をうたっている。