フランス白粉
エッフェル塔みたいに立っている
女の股を風がくぐり抜けた
いつも意図せずやって来る
自分の中の誰かが世界を刷新する
神の時計
人は一個の時計
誰の目にも自分の目にも
針も文字盤も見えない
貝のように閉じた時計
何かが始まり何かが終わる
時世や誰かの影響なんて
指し示す時の内的衝動により
そこにあるものに手を伸ばしただけ
時は定まった日時ではなく
種子の発芽のよう
条件が満たされて訪れる
水の歯車の寝息のような軋み
わたしは旅する塵であり
愚鈍な巨体の一細胞ではない
世界との辻褄合わせより
遠く近く脱ぎ捨てて自分へ
欲望の革袋
誘惑者は擬態した欲望を
その石の蛹から解き放つ
ひとつの行為の裂け目から
液化した意思が甘やかにほとばしる
羽化した心臓は
凍てつく光の中でふり返るが
透けた飴色の通念の向こうに
再び自分を納めることはできず
そうやってあふれ出した 刹那
欲望は己を形成する圧力を失い
虚無の重力に押しつぶされる
思考は蛞蝓のように鈍間になり
生の雑事に置き去りにされる
操り手のないパペットが
人の流れの歯車に引き回されて踊るよう
退行するも揺籃はエデンほど遠く
恋愛の尻尾
きみはぼくの思考を十分一以下に減らしてしまう
いかがわしい儀式をこっそり覗き見ているよう
喉は乾くが唾液はたまり心臓は溺れそう
一番底の深い闇から一匹の蛇が孵り下腹部を這い上がる
きみの手はたぶん冷たい
灼熱の中の逃げ水のようにわたしを瞑らせる
きみの声は口移しの夜
釣針のように返しが付いて死の歓喜への震えを宿す
ぼくはきみの腕を結びたいのかほどきたいのか
クローゼットに閉じ込められた幼い二人
闇に溶け混じる囁きに肌はふるえ
意図しない琴を響かせた
きみが古の死者であったらと思う
この瞬間までのぼくを相殺し得るほど
きみはぼくの隠匿された欲望のそのものだから
警句キック
起きていることはみな事実
語られることはみな眉唾
きみがキラキラしてるのは
ぼくの食べたキノコのせい
中心にアウトサイダー
背骨に滴る音楽に
こじんまりした笑いを売った
さる三月の水曜日
焼けた爪にミミズクを放つ夜は柔らかく
毛深い言葉を吐きもどす
おまえの目と耳が食み尽くして洞と化した時間
拭えない五感のもつれの付箋と破線
切ったか蘭を死姦だったか
罪も意味もない真珠がとぷんと落ちて
胃酸はきらめいた
首を斬られた雄鶏の羽ばたきみたいな破顔
バハマからハバマそして
スプリングロール・チャイニーズオムレツ
きみの記憶の裂け目に捻じ込む
舌と耳の交尾――夜明けの万華鏡
《2022年3月12日》