縁は異なもの
板谷みきょう

明日のライブの
ご挨拶にと伺ったのは
小さな喫茶店だった

開店間もない午前十時辺りなら
店も忙しくないだろうから
落としたての美味しい
深煎り珈琲でも注文して
店主のご機嫌を伺おうか

そんな目論見で
「営業中」のプレートの掛かった扉を
押して入った店内は薄暗く
BGMもまだ流れていなかった

そして
カウンターの奥には店主と
うら若き女性と黒人男性の
三名が立ち話をしていた

女性は明らかに泣いているし
どんよりと
気まずい空気が重苦しく
淀んでいる

その状況に
立ち尽くし怯んでいたボクを
店主が目敏く見つけると
事情を話してくれた

女性は海外協力隊として二年間
アフリカで支援活動をし
任期終了で帰国してきたばかり

派遣活動中に現地の男性と恋愛し
結婚したが
彼女の家族は黒人との結婚には
大反対し縁を切られて
頼る当てがないまま
喫茶店店主の元を訪ねて来たと

彼女の話では
現地の男性と結婚したことで
家族に絶縁され帰国できないまま
現地に永住することを余儀なくされた
日本人女性のいる事を知らされた

日本人の思考では
“白人は良くて黒人は駄目”なのだと

そんな状況でアフリカンの彼が
男気を出して自分の家族に
「彼女の国、日本に行き暮らします。」
そう説得して彼女と
日本の土を踏んだけれども
言葉も通じない
環境も習慣も違う日本に来て
彼は激しいホームシックに
なってしまったと涙ぐむ

見ると二人とも
瞼が腫れあがっている

「ボクは明日
この店で歌う予定の者ですが
袖すり合うも他生の縁
何の足しにもならないでしょうが
お二人の為に
今ここで唄を歌います。」

そう言ってギターを弾き
心を込めて二曲唄い
「苦あれば楽あり
今は、ボクが想像出来ない位に
大変な状況なのでしょうが、
頑張って下さい。」と
付け加えた

彼女の通訳で彼が
『何を歌っているのか
意味は解からないけれども
貴方の気持ちは伝わりました。
アリガトウ。』
そう話すと
二人は抱き合って再び涙ぐんだ

そんな出来事の有ったことも
すっかりと忘れた八年後
差出人の解らない手紙が届いた

「覚えておられるでしょうか」
から始まり
現在、旭川近郊の小さな町で
農業を営んで暮らしていることと
見ず知らずの私たちに
歌を唄って励ましてくれたことを
今ではその出来事を
思い出しては二人で懐かしく
語り合える位
生活も安定しています
その節はありがとうございました

終わりに二人の名前があり
拙いながら
カタカナで彼の名が書いてあった


自由詩 縁は異なもの Copyright 板谷みきょう 2022-03-11 12:35:00
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