山人

私は森の中を迷いながら彷徨っていた
山ふくろうの鳴き声と、おぼろ月夜がおびただしい夜をつくっていた
なぜここにいるのか
記憶を辿るが、なぜだか脳が反応を示さない
記憶の構造が気体のようにふわふわと漂っている
この場を離れ、私の拠りどころへと帰る必要がある
さいわいその昔、私は山野を歩く趣味を持ち、さまざまな知識があった
窪地の風が通らないやわらかい腐葉土の上で、横になり少し目を瞑る
流れる霧のその先から明かりが徐々に差し込み、朝が来る
季節は初夏である
そばに渓流があるのか、鷦鷯の突き刺すような声が聞こえる
標高はさほど高くないだろう
まだありふれた雑木があり、一度は人の手が入ったところだ
藪を行くと千島笹の群落があり、根から斜めに突き出た筍が生えている
小沢を通り、少し登ると小瑠璃の陽気な囀りが聞こえてくる
多くの野鳥は、森で棲み分けを行い
ひらけた光り溢れる地に居るのが小瑠璃だ
小瑠璃に導かれ、改良された山毛欅林に出る
ふと見ると稚児百合の群落があたりを覆い尽くしている
きっと道筋は近い
やがて近くに鉈目を見ることになる
しかし、それは忽然と消えた
たしかに人の存在があり、人の呼吸があったはず
やがて、あたりは再び霧が覆われ
縦横無尽に立ちふさがる蔓群落と灌木が一層激しく立ちふさがり
暗喩の森は深く難解さを増していった


自由詩Copyright 山人 2022-03-10 17:55:27
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