一冊のむかし
室町
空模様に気をとられ
一冊の文庫を置く
──立原道造は
灰が降るように失われてしまった
わたしたちはすでに
持てない
つくられた戦争や
つくられたパンデミックや
つくられた貧困のために
ことばをなくしては
嘆き
ほんとうを語れないと
訝しむ
人前で赤ちゃんに乳をのませることができた母の
時代は
遠ざかり
待つ人たちにドラマを作っていた電話ボックスは
高原の雪に埋もれている
受話器から
吹雪いていた声もまた
途絶えた
いまを語ることは苛酷だ
芝を刈るように
一冊の詩人がそう語っていた