彼に会いたい
ホロウ・シカエルボク


鼻濁音の目覚め、朝食の飲料に混ぜ込まれた昨日、労力としてだけ機能する一日のかくも空虚な疲労、浅ましい宗教のようなコミュニスト、曇りガラスの一粒の汚れを視認することは困難を極めるだろう、散弾銃のイメージが小蝿のように付き纏う中を、真っ新の画用紙の目で少しの間歩いた、激しい風が迷子の竜のように向きを変えては走り、そのたびに目を細めたり顔をしかめたりして、総合歩数は記憶されない領域に記録されて仕舞い込まれてそれっきり、出合頭の事故のそばを擦り抜けて、反射光で燃えている川沿いを彷徨う、乱打されるドラムのような振動、そいつにもっとも影響しているものはなんなのか釈然としない、ナイル・ロジャースの声が一瞬だけどこかから聞こえた、レッツ・ダンス、でもとてもじゃないけどそんな気分じゃない、臆病さをひた隠す侮蔑を視線に込めるやつら、知らないよ、相手にしてる時間はない、と言って特別やることがあるわけでもないけれど、コンビニエンスストアの陳列棚で食べられるものを探した、成果は上々とは言えなかった、道端にある店のほとんどは標準的な連中をターゲットにしてるものさ、段階的な午後が近付いている、なるべく早い時間に洗濯を済ましておかなければならない、冬の日は虫眼鏡で集めた光のように肌を焼くけれど衣服を乾かすには向いていない、若い男が対岸で安い狂気みたいな叫び声を上げている、そのそばを歩く年寄りはまったく気づいていないみたいだった、もう耳が聞こえていないのかもしれない、いつかあらゆる出来事にシャッターは下ろされる、夢は目蓋の裏側で見るものだ、そうだろう?ガソリンスタンドの有線放送から流れる、詞と曲が良くて、音を外さないだけのボーカルが乗っかってるヒットソング、コンピューターが歌っているみたいに聞こえる、溢れんばかりの愛が歌われているはずなのになぜ、そこからはどんなものも生まれてこないだろうという気がした、最上級のラブソングの模倣、社会、大人、幸せを謀られた連中がそいつを鵜呑みにしている、たったひとつの言葉ですべてを片付けられることは果たして幸せだろうか?いや、そこで満足出来ることはきっと、これ以上ない不幸に違いないさ、そして太陽はその日の頂点に辿り着いた、影が地表に飲み込まれる数十分、風と光の中でほんの少しの間、すべてが幻になって消え去る夢を見ていた、目蓋の裏側で、そんなフレーズを思い出し、奇妙な笑いが浮かぶ、確固たる世界は確固たる曖昧、断言出来るってことはそういうことだ、おかしな目くらましのあとで、時間はすました顔で再び流始め、人生が片端からゴミ箱へと移動していく、それを苦悩に思うのは二十代の始めに止めた、そのころ五十歳だったストーンズが、長い長いワールドツアーに出たからさ、生きれば生きる分だけ、たったひとつの言葉が何十年分もの意味を持つ、そんな現象について深く知ったからさ、路面電車が時代遅れな轟音を立てて通り過ぎる、水面で水鳥がけたたましく騒いでいた、目をやるとそいつは一声鳴いてすっぽりと川に潜ってしまった、それから少し橋から離れたところへするりと顔を出した、そんな場面を見たのは初めてのような気がする、なぜかほんの少しからかわれた気分になりながら、川を見下ろす小さな公園の、セメントの白いベンチで少しの間頭を空っぽにした、答えがあることは決して利口なことじゃない、それは愚かさと浅はかさの象徴のようなものだ、問とは答えを求めるためのものじゃない、そこへ至るまでにどんなプロセスを経たのかということが大事なのだ、この世には問すら生まずに答えを得ている人間も居る、そいつらは決まって増えやすく、群れを成す、なにかしら例を挙げるまでもないだろう、単純な生きものは簡単に増え続けるものさ、そんな群れの中で脳味噌を麻痺させて腐らせてはいけない、分るだろう、生きやすい場所には決して近付くべきではない、たったひとりの場所で生まれてくる言葉は獣の咆哮でなければならない、理性の範疇で生まれてくるものなどなんの意味も持たない、まだ見ぬフレーズを思い涎を垂らす、そんな暮らしに焦がれながら随分と長い時を過ごしたものだ、住処に戻り、いくつかの用事を片付けてからソファーに腰を下ろしてパンク・ミュージックに耳を傾けた、ガールフレンドを介して見てもらったユタの血を引くチャネラーの言うことにゃ、この魂の根底には怒りがあるらしい、あの時はピンと来なかったけれど、いまはなるほどねと思ってる、自分を切り刻むような人生だった、それが表現というものだった、いまもそうなのかどうかということについてはよく分らない、でもそんな感覚はいつだって、ベーシックであり続けるだろう、いまや音楽だってクリックかタップだけで流れ続けるような時代だ、そんな中で、この馬鹿げた羅列は誰に向けて語り、誰を切り刻むだろう、もしも神と話が出来る人間が居るならこう伝えておいてくれ、この、クソ面倒臭い人生を―



どうも、ありがとよ。



自由詩 彼に会いたい Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-02-22 23:54:47
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