ラジオ切腹
ただのみきや

転倒者

氷の上を歩いて行く
遠い人影よ
鴉のようにも文字のようにも見える
視覚より内側でランプが照らした顔
ありきたりな片言の答えをかき混ぜる
ティースプーン 
濁った銀
だが声はかたく
乾いた骨の脆さで透き通る
秘密のエンピツ
窓から互いの本能を見つめていた
凍死者の言葉はもうたぶん言葉じゃない
きみの死は曖昧な汚水のように混ざり切ることなく
下流に広がり希釈されるが
声は氷柱に閉じ込められた真っ赤な蝶のよう
鋭利な滴りで盲点から侵食するだろう
投げ込まれた献花の乾いた散乱
思考の窒息
時間は灰を混ぜ返し
ただ撒き散らすだけ
言葉のように容易に転倒して
氷の向こう
切るような君の永遠





自己犠牲

他の鳥が産んだ卵を
知ってか知らずか育てる鳥の
本能に根差した行為に対し
憐憫や嘲笑を投げ与える人は多い
だが自分の生活をも倒壊させるほど
ひた走る自己への傾斜を
人や物事への強すぎる執着から生まれた行為を
自己犠牲と呼び馴らす人もいる
理想の冠を被せ
理屈の鎖帷子を編んで
情緒的宝石で飾り立てた
卵がいつまでも孵らずに(むしろその方が好ましいのか)
卵のまま愛情を吸い続けて肥大し
すでに中身が腐敗していたとしても
奇怪な妄想が芽生え成長し
もう一つの頭部を形成して
願望の強烈な圧迫に
生の舵取りを奪われたとしても
たましいの腫瘍は切除できない
最初からないものは除けない
それができるのなら
すぐにまた生えても来るだろう





時間は止まらず永遠を通過した

耳をなぞるように夜は開け
太陽は甘く包み紙をほどく
液化した時間の中で時計は溺れている
あなたは白い帆のすべてを解いた休日の帆船
寡黙な揺らめきの照り反し
わたしは青に憑かれたジョナサン
自分を狩ろうとさまようブーメラン

苦行者の知らない求道者には見ない
月と真珠を繋ぐ糸の震えの匙加減

あなたは澄んだ青磁が隠し持つ空ろの失語
微笑みのまま飽和した
美しい混沌の緩慢な散り様を
額の裏で真っすぐ燻らせる
わたしは蜃気楼に溺れる魚の懊悩
形象を捉えようと宙をさまよう舌
占い師の胎を裂く鋏の苦味
愛しさは致死量
あなたに句読点はない
羽化の途上の淡く滲んだ痛点



                  《2022年2月12日》










自由詩 ラジオ切腹 Copyright ただのみきや 2022-02-12 15:41:06
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