ポケットには丸めた鼻紙だけのくせに
ただのみきや

冬の髪の匂い

雪の横顔には陰影がある
鳥は光の罠に気付かずに
恐れつつ魅せられる
歌声はとけて微かな塵
雪はいつも瞑ったまま
推し測れない沈黙は沈黙のまま
やがてとけ
かつて人であった疑問は
もう存在しない
突き放しながら魅せられる
錐揉みの
鳥の傷は鋭く尖る


一羽はぐれた顔が傷口から迷い込み
転がる鈴の輝きを追って火に飛び込んだ
眼は決して語らない氷の手を伸ばして
本を開く
本を閉じる
どちらが死の象徴たりうるか
問いの素振りで雪原を吹き抜けた
眩い堕落が重力に激しく逆った
真っ赤な林檎ひとつ孕んで
空は大地を隠蔽する





死は前から

呪いが追って来る
今も後を付け回す
わたしは慌てずにゆっくり歩く
きみら呪いが追いつく前に
わたしの死がわたしを捕まえるから
久しく離れていた恋人を抱きすくめるように
死は未来から両腕を広げ素早く駆け寄って来る
そうわたしの死は前から来る
きみらは好きなだけ呪うといい
きみら禍がすでに背後から
この頭上めがけて放物線を描いていたとしても
それより早く死は未来から一発の弾丸となって
この的を撃ち抜き仕損じることはないだろう
気楽なものだ
目的なんて持たなければ
生はこれ日々散歩
死の出迎えを待つだけでいい
きみら禍々しい呪詛の群れも
門前で確実に見失うだろう
裏切られることのないただ一つの約束
まるで婚約者のよう
わたしの未来は死と共にある





関係性という仮象

きみの嘘が睫毛のようにわたしをくすぐるから
ネクタイから色とりどりの錠剤が零れ落ちたのだ
床にはリズム アンチ・リズム 雨の踵
ダイソンは大蛇みたいにきみの下半身を吸い込むと
忙しい朝のひと時を激しく浮き沈みした
観葉植物の鉢の陰に一通の封書がある
未来とはたった数行で韻を踏むもの
それぞれ比喩を読み解いて
あの逃げ回る一匹の猿を相殺するために
子どもを持たない二人は何を生贄にするのだろう





過去仙人

矮人こびとの憂いがひねもす事柄を脱ぎ
散漫な冬の陽の
様を呈するてにをはの
花に埋もれた観覧車
息せき切って鶺鴒の
歌う光に影はゆれ
今際を際を夢見た道で
時間稼ぎに売ったもの
裸眼の兎と神の贄
さめる子ねる子まむしのすもも
バーボン飲む子は箱に詰め
宅急便で送ります
一所懸命しゃがんで哭いた
スマトラ行きの空の下
砂糖仕掛けのラジオから
白骨美人が舞い踊る
ささやく鈴のアンクレット
言葉こぼれる百科全巻
総身に括り波間に消えた
ラムネの目をした軍人もどき
鯨の歌か孔雀の夢か



               《2022年2月5日》








自由詩 ポケットには丸めた鼻紙だけのくせに Copyright ただのみきや 2022-02-05 15:25:42
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