日記 2022.01.19(水) 夕べ
田中恭平


 今日も、妻の体調が優れず、コンビニエンスストアで妻におそば、私はカップラーメンと、夕食を買ってきた。
 こづかいを食費にあてるのも心配なので、はやく妻には全快してほしいものだが、心因性の病気なので、あまり急かしてもしょうがない。しょうがないで、どうしてもやってゆく。

 一日体調が悪かったらしく、歌づくりもできず、かわいそうだな、と思った。やはり、へやにエアコンがあるのだからうまく使って体調を整えて、心因は時間が薬だから、ゆったりとしてほしい。何ごとも頑張り過ぎちゃう妻なのですね。
 たぶん妻のエネルギー総量は大きいのですね。

 私は一日、荷役の肉体労働。ふくらはぎがつった。ああ、痛かった、痛かった。右手腱鞘炎、胃痛、慢性的な筋肉痛、もう体はボロボロです。まだ水曜日なのにね。
 それでも上司が励んでいるわたしにペットボトルのお茶をくれたから、がんばれる、って思った。
 仕事はやめられない。人員不足で。ここで逃げるのは男が下がる、とか思っている。まあここを辞めても雇ってくれるところないだろうし。転職するにしてもお金の用意がないし。
 剛健だな。今は体型、細マッチョだが、剛健をめざして、日々の肉体労働に励んでいこう。

 カップラーメン啜り、ほっとして、煙草(フォルテ16本、390円)喫って、久々湯船にお湯を張って入った。出て、安らいで、また煙草喫って、妻の歌づくりの様子を眺めながら、聞きながら、自由律俳句書いて。自由律俳句書いていると、一日いちにちが濃くなるな、とか考えつつ。まだ1月の19日の水曜日かよ、とか思いつつ。去年の私は日がめくれるのが、あっという間だと思っていたから、呆けていたんでしょうね。ほうけて、生きて、いたんでしょうね。
 元旦から、19日。濃いよ、濃すぎるよ。ひとはにっちもさっちもいかない時に、一番、人生を生きているのだなぁ。

 自由律俳句は、基礎的な訓練は終わって、あとは守破離でいう「破」のテーマになってきたように思う。人間、人生、死ぬまで勉強、だと思えば、いくらでも「気づく」ことができる。
 私は自分がこんなに夜明け前が好きな人間だったなんて知らなかったよ。
 さて、妻がシャワーを浴びに炬燵を発った。
 煙草喫って、「稲垣足穂」読んで、眠るだけだよ。隠せない事実だね「みんな疲れている」。

 おやすみ世界、手をぎゅっと握り、南無阿弥陀仏。唯一、阿弥陀。


散文(批評随筆小説等) 日記 2022.01.19(水) 夕べ Copyright 田中恭平 2022-01-19 20:58:14
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