Through the Past, Darkly
ホロウ・シカエルボク


視界の端に映る太陽の中心を逆十字に彫り上げて背徳の日陰の中に今日の悪魔が現れる、よう、惰眠は済んだかい、今日のお前は昨日のお前よりも確かかい、とからかってくる、俺は無視を決め込むがやつは満足しない、いつまでもくだらないことを言いながら付き纏ってくるので、俺もそろそろ面倒臭くなって、ラバーハンマーをそいつの脳天に振り下ろす、土がパンパンに詰まった土嚢が破裂するような音がして悪魔の頭部は四散する、悪魔殺し、悪魔殺し、と、残された身体にくっついてる両手が、まるで喋っているかのようにぱくぱくと動くと、実際にそんな声が聞こえてくる、なに、両手のギミックはやつの茶目っ気で、実際は手が喋ってるわけじゃない、やつは直接俺の脳味噌に話しかけているのさ、なあ、なあ、いい天気だな、と、調子づいて悪魔はまくしたてる、俺としては見せかけの頭をぶち割ったところでスッキリしているので、しばらくは好きに喋らせてやる、どうせやつに出来るのはぶつくさ言うことだけなのだ、フライパンを温めてココナッツの油をひき、床に落ちた悪魔の頭部を拾って炒め、冷飯と合わせてピラフにした、味は特別上手くも不味くもなかった、俺がそうすると悪魔は決まって一言も喋らなくなる、それだけはやつの趣味じゃないらしい、悪魔ってなんでもありなのかと思えば意外とそうでもない、妙な品の良さがあり、俺は正直な話、やつのそういうところは少し気に入っている、品のある相手ならどこかで通じ合えるということだから…まあ、悪魔ってそもそもは神様だったらしいし?腹を膨らました俺はコーヒーマシンをセットして昨日買ってきた粉を放り込んで蒸気が作り出す異様に美味い飲物を体内に流し込む、そして窓の外を見る、確かにいい天気だ、悪魔の言うとおりだ、服を着替えて少し散歩に出る、悪魔は俺の少し後ろを頭部を欠いたままついてくる、時々、そういうことが分かるらしい人間が驚いた顔で振り返る、見えているのか、あるいは感じているのか、そんなことまでは分からない、だけど漫画でよくあるみたいに、あなた、そいつをなんとかしておかないとまずいことになるよ、なんて耳打ちしてくる人間はひとりも居ない、もちろん俺だって、もしか本当にまずいことになるとしたって、誰かに言われるままに壺を買ったり写経をしたりなんてやりたくもない、そんなものは仕事前の朝礼と同じで、ただの気分的なものだ、実際の効果のほどなんて誰にも分からない、そうだよね?コーヒーマシンを使うようになってから、自動販売機で飲物を買わなくなった、きっと喉が満たされているのだ、あの、コポコポコポと小気味よい音をたてる蒸気が、俺の腹の中で犬のように駆け回っているのだろう、俺は裏路地に入り込む、単純に散歩するにはそっちのほうが適しているからだ、前からも後ろからも、誰がやって来ることもない…首から下だけの悪魔以外は―この路地には数年前から取り壊され続けている古い住宅街がある、壁や、基礎だけを残した家屋の跡が、雑草に抱かれながら新しい世界を待ち続けている、いわゆる再開発をするために取り壊しているらしいが、何軒かの家、あるいはある地区がごねているせいでなかなか進まないという話だった、そういう少しややこしいところだから、あまり立ち止まって眺めていたりすると少し面倒なことになる、だから、いつだって俺はただの散歩コースですという顔をして通り過ぎる、そこに来ると悪魔は決まって俺の肩をぽんぽんと叩き、お前とこことどれくらい違うんだ?という問いを手のひらで喋る、例によって俺は無視する、それはいつだって俺の疑問符を代弁しているに過ぎないからだ、街ではない街、どこでもない場所、人ではない人―みんなそんなものが恐ろしくて手ごろなスペースに滑りこむ隙を探す、俺はそんなものに興味はなかった、だから、人ではない人になった、それで良かった、俺が興味を抱いているのはいつだって、俺がなにを見、なにを感じ、なにを取り入れるかというそれだけだった、そしてそれをこんな風に、雑多なイメージとしてまとめてみることだけが唯一の楽しみだった、だからさ、と悪魔は思考に割り込んでくる、「だから俺はお前のところに来ることを止められないんだよ」それはある意味で契約なんだ、と悪魔は続ける、契約、という確固たる状況を示す言葉に、ある意味、という曖昧な表現をくっつける、それがこいつの品ってやつだ、俺は思わず吹き出してしまい、悪魔は満足げにふんぞり返る、俺たちは肩を組んで裏路地から出る、たまたま出口で生き合わせた老人が、俺たちを見て腰を抜かし、失禁しながら失神する、世界は今日も平和で、あらゆるものが壊され、あらゆるものが作り変えられる、ほとんどの営みは掃いて捨てる塵のように消化され、明日同じことがあると気づかれないように徹底的に消去される、俺はそんなシステムのことを思い、冬のせいではない寒気を感じる、悪魔の体温を右側に感じながら、家に帰ったらもう一度コーヒーマシンに働いてもらおうなどとぼんやり考えていた。



自由詩 Through the Past, Darkly Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-01-16 11:45:28
notebook Home 戻る  過去 未来