ノイズの陳列、幕引きのシャワー
ホロウ・シカエルボク


巨大なプレス機が稼働しているようなノイズがずっと続いていた、肉体はその、現実には存在しない振動に苛立ち、酷い痒みや痛みを覚えた、細い針を幾つも差し込まれたみたいに視界は穴だらけになり、世界は楕円のように歪んだ、冷え、渇き、体感として具現化された暗闇を抱えたような圧力に、座り込んでいるしかなかった、誰かの声が聞こえたけれど誰の声なのかわからなかった、もうどこにも居ない誰かの声だったのかもしれない、ノイズの隙間を縫って、奇妙な静寂のイメージがずっと脳裏を泳いでいた、奇妙な、それをどんな風に表現すればいいのか実際のところよくわからないが、例えるなら死体のひとつも埋まっていない墓地にある静けさのようなものだった、周辺でリモコンの操作を待機しているいくつもの電気機器の唸りが感じられた、その体熱は鈍い刃物のように肌を刺激した、狂気は時々、肉体的な干渉を及ぼす、天井を見つめながらそれが通り過ぎるのを待った、それはほんの数十秒のこともあったし、丸一日続くこともあった、初めのうちは薬や横になることでやり過ごそうとしたけれど、どんな試みもそれを緩和することは出来なかった、だから、それが始まった場所でじっとしているしかなかった、部屋の中でそれが起こることもあったし、街をうろついているときに起こることもあった、頻度は次第に短くなっていたが、規則性はなかった、だから待たずに、やって来たらやり過ごすしかなかった、ノイズとイメージの隙間で疑問符が舞い踊った、運命への呪いや、怒りが渦を巻いた、霊体が肉体から無理矢理に剝がされようとしているのかもしれない、そんな風に感じたこともあった、妙にさらさらと流れる汗が滝のように溢れて着ているものを濡らした、真冬なんかにそれが起こると最悪だった、体温が奪われ、身体はガタガタと震えた、ずっと聞こえているファントムノイズと相まって、アヴァンギャルドなインプロビゼイションのようなリズムが床との接地面で鳴り続けた、さあ、どれを信じればいい、そんなことを考えて笑った、ここに信じられるものなどないのだ、身体が動くのなら自分自身を張り倒してやりたかった、まだどこかで安易なことを考えているのだろう、もっとも簡単な結論に飛びつくのは思考回路のスイッチを切るのと同じことだ、脳味噌だけは少なくとも動かすことが出来るのだから、この事態の中でなにかひとつでも先に進めるしかない、でも、どうやって?そこから考えればいい、それから、新しいノイズが加わった、飛行場のすぐそばにいるみたいな、甲高い…死神が脳天から自我を引き出そうとしているのか、死神というイメージは滑稽だった、大鎌など何の役にも立たない、そんなもので魂の尾は断ち切ることは出来ない、死神を笑うことはどちらに転ぶだろうか、その行き着く先は確かな生だろうか、確かな死だろうか、この際そんなイメージを追いかけてみてもいい気がした、どのみちそんな思いつきにすがる以上のことは考え付かないのだ、甲高いノイズはますます近づいてきた、本当になにかが、本当になにかが飛び立とうとしているのだ、ミキサーの中に投げ込まれた食物はこんな気分を味わうのだろうか、それはイメージに回転的な酔いをもたらした、イメージの回転に意識と肉体が引き摺られ、身体はやがてどしんと倒れた、倒れたおかげで天井が良く見えるようになった、天井の四隅に四つの顔があった、見知らぬ男が二人と見知らぬ女が二人だった、四人とも俺と同じ年のころという感じだった、きっと、現実に存在する人間ではないだろう、世界中探したってこんな空虚な表情には出会えないだろう、そんな気がした、それから彼らは笑い始めた、まるで可笑しくないのに声だけが爆笑している感じだった、叩きつけるノイズ、静寂のノイズ、近づいてくるノイズ、回転するノイズ、奇妙な笑い声のノイズ…ノイズはひとつだ、何種類それが生まれても、追加されてもそれはすべてノイズだ、それは人の意識に似ていた、この頭の中にどれだけの意思や考えがあろうと、それはたったひとりの頭の中で起こることに過ぎないのだ、そう考えると妙に腑に落ちた、わかったよ、おまえらの正体、俺は天井に話しかけた、四つの顔は笑うのをやめて少しの間こちらを見下ろしたあと、氷が溶けるように消えていった、それを合図にすべてが、波が引くように静かになって行った、なにもかもがまともな状態に戻ったあと、少しの間そのままで体力が回復するのを待ち、起き上がって水を飲んだ、濡れて冷たくなった衣服を脱いで浴室に入り、可能な限り熱くしたシャワーを長い時間浴びた、シャワーを浴びながらふと、浴室のノイズ、というフレーズが脳裏に浮かんだ、実際にそれを口にしてみると無性に愉快になって、シャワーの雨の中で俺は笑い続けた、その笑い声には、どこかで聞いたことのある感触がずっと付き纏っていた。



自由詩 ノイズの陳列、幕引きのシャワー Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-01-02 10:54:54
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