ただ在る、とあなたは言った Ⅰ
帆場蔵人
Q1. 骨格標本を愛せるだろうか?
どこかへと繋がっている川
あぁ、海ならよく知ってる
沢山の手足が浮かんでいた
まるでくらげは親戚みたい
月が綺麗、と言う前に返せ
骨をとても愛していました
川の辺りで骨を拾うけれど
同じものにはならないのだ
だから返せ、と言う虚しさ
川に流した、遡るのは骨だ
みる影もない太陽と月の影
あれは、誰の末節骨がとけた、あさのひかりか、よるに
名前を問うてみる、男は、いや男なのか、そこから……
磨きあげた氷を抱きしめ溶かして、水溜まりに頭を突っ込み男は死んだ。水を雲が流れ、男の背中でナメクジがいつおわるとも知れない旅路につく。誰かに生まれ変わるには十分な時間があったけれど、男はその旅が終わるまで待つことにした。人生のおさらいをしながら言わなかった事ばかりを思った。その背を早送りしていくとナメクジはやがてひかりに変わり、雌雄のないそれは天使のようであった。男の魂はそれを見送り背を向けた。男の骨だけが地に残されて、とある学校で骨格標本として余生を過ごしていた。ある日、それを見上げて、これはぼくのほね、と少女が呟いたと風たちが噂する。川は流れるみずとみずからの境い目に想いを馳せる日もあった。遠いむかし、焼かれたものたちの灰が自分を流れた。その名前も性別も川には知りようがなかった。映っていたのは送り出すひとびとだけであった。そのころナメクジはどう呼ばれていただろうか? 問いかけばかりが人生なのか、通りすがりの子が川面にむけてじゃがりこ、と吐いて去っていった。いつかすべてが流れ去り枯れた川が残されたとしたら、それはかわのほねだろうか。そのとき海もほねになっているのか。そのとき、そのとき、そのとき……
あれは、誰の末節骨がとけた、あさのひかりか
よるに名前を問うてみる、男は否、と言った
誰でもない、と水面にはすべて映っている
あれはわたしたちだれのほねでもある
わたしたちがほねなのだからひかれる
つかのまとりたちがやすむかわもきも
わたしたちがあるくみちもまちもだね
誰かが愛して、憎んで掻きむしる世界という膚えに
包まれた骨、川に投げた石がみなそこへ、と沈んで
ぷかり、とかわりにうかんだがみるものはなかった
だれかがいつか骨格標本をつくるときに
こんなことは全く考えずに愛だよ、愛と
いうのだろう、それはそれで仕方ないさ