風が
soft_machine

風が吹いていた
千本の針を手ひどくかき回すような
天蓋の裂け目から吹きこんで
ざらざらはしる

風が吹いていた
あたらしいところに今朝もある窓に
ゆっくり手をふるお月さま
澄んだ金星もつれて

風が吹いていた
ひとりの兵士がうす暗がりの午後を
ただ呆然と
はいつくばって見ている

風が吹いていた
子どもをだいていた女の瞳から
ころり、と なみだが転がった
この風ならば、と
風に
なみだを
あずけていいんだ、と

風が吹いていた
目も鼻も唇も
いいように叩かれた
じゃあ泣けばいいんだ、泣いたって
構わないんじゃないか、と
大人も
子どもも
いつの間にか
身を寄せあって泣いていた
指をぽきぽき鳴らして泣いていた

そうして雲の縫いあわせがおわり
変形した音が聴こえだすと
空き缶からはい出して
ほうきの掃き手が 笑いながら
山をまたいで去ってゆく
街をふみしめ 虹を燃やして

風が吹いていた

ここまで漕げば
川を下る少女を遮るものは何もない
名前も
国境も
すべてあの霧の中
どこか遠くで一発の銃声がひびく

風が吹いていた



自由詩 風が Copyright soft_machine 2021-12-17 20:07:41
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