遊迷樹
木立 悟





夜の廊下に
落ちている声
踏まずに歩けば
聞こえくる声


思い出せない
幸せな音
思い出せないまま
そこに在る


遠のく雷 遠のく虹
遠のく空 空
営みの笛
めぐる雨 置いてゆく震え


雹と霰が小鳥と謡い
足跡は足跡に溶け残り
窓の外の声
水たまりの曇と羽


雨の節々が
何も無い部屋に突き立ち 呟いている
次の水 次の光
次の季節を呼びつづけている


羽を忘れて遊んでいた
空はいつしか落ちていた
帰らなくていい
帰る場所は無い


夕方を見ず夜が来て
紅は朝まで水底で泣き
伝わらなさの紐を引き
山道を夜に染めてゆく


星が吸い込まれる明るい朝に
羽を置いては去ってゆく子ら
その声を忘れてしまった
確かに聴いたはずなのに


空に溶け残る輪
野の火のなかへ去ってゆく影
薄く金色のふちどりが
雨を照らす 窓を照らす


掛けても掛けても外れる釦に
雨が雨が降りそそぎ
波の羽を浴びながら
海辺を迷い 迷いつづける


光の鱗を歩むうち
迷いが迷いでなくなってゆき
深い深い扉まで
雨が雨に降りつづく


夕べの光に焼け落ちる森を
一羽の影が見つめている
地をゆくものも這うものも去り
飛べぬ蛇が飛ぶその日まで






              
















自由詩 遊迷樹 Copyright 木立 悟 2021-12-13 19:29:13
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