泥水を飲む
猫道

きちんとした背広を着た初老の男性が
泥水を飲んでいる
目を閉じて
じっくりと
味わいながら

その隣では鬼瓦のような険しい顔の男性が
やはり泥水を飲んでいる
「こんなものはナンセンスでコーヒーにするべきだ」
と毒づきながら

少し離れた場所に年配の女性が笑顔で立っている
手に持っているのは
ジョッキいっぱいの泥水
勢いよく飲み干して微笑む
「今日も美味しいですね」

横には同じくらいの年代の女性がいて
対照的に顔をこわばらせている
慎重に懸念を口にしながらも
泥水を啜る
ティーカップで

泥水を飲む
泥水を飲む
泥水を飲む
泥水を飲む

コーヒーカップで
ティーカップで
ワイングラスで
ビールジョッキで

泥水を飲む
泥水を飲む
泥水を飲む
泥水を飲む

上司や部下と
同僚や友人と
家族や恋人と
知らないあなたと

美味しいです
不味いです
飲みたくありませんが飲みます

「やや雑味があるかもしれません
  しかし飲み続けることによって
  多少なりとも今後の良い影響が期待できるのかなと
  そのように考えております」

初老の男性は言葉を選んでゆっくりとこう語ると
ふかふかのシートのハイヤーで帰宅する

自宅のダイニングでは妻の手料理が彼を待つ
皿いっぱいの泥だんご

「おかえりなさい」
「ただいま」


自由詩 泥水を飲む Copyright 猫道 2021-10-01 08:42:55
notebook Home 戻る  過去 未来