19のままさ
花形新次

入院したおふくろを
見舞いに行った
実家から徒歩10分のところにある
大学病院だ
25年ぶりに行った病院の周りは
特に変わってはいなかったが
唯一変わっていたのは
すぐ脇にあった一軒家が
なくなっていたことだ
そしてその一軒家こそ
俺が十代を通して
ずっと思いを寄せた女性の家だった
そこに家さえあれば
何処にいるのか突き止めようと思えば
出来たが(勿論、そんな気持ちの悪いことはしないが)
それも出来なくなった

19歳のとき
共通一次試験の前日
文房具を買いに東急ストアに行った
雪がチラチラ舞う寒い日だった
俺がマークシートに使う鉛筆を選んでいると
2m右横に女の子が立っているのが分かった
あっ!と思わず声が出そうになった
彼女だった
あまりにも突然のことで
頭の中は真っ白だったが
やっとのことで声を掛けた
「やあ、Sさんだよね、久しぶり」
彼女は既に気付いていたのか冷静に
「久しぶり」と答えた
その後の言葉が続かなかった
お互い沈黙が続いた
ただ彼女がそこから直ぐに
立ち去ろうとする気配もなかった
「俺、浪人しててさ、明日共通一次なんだ」
どうでもいいことしか言えなかった
「そうなの、頑張ってね」
彼女がニコッと笑って言ってくれたのをきっかけに
俺は「ありがとう、それじゃあ」とレジに向かった
彼女はまだ同じ場所で何かを探しているようだった
支払いを済ませると
後ろを振り返ることなく
エスカレーターで降りて行った
「もっと何か言えたんじゃないのか!」
そう心の中で何度も繰り返していた

ひょっとしたら
俺がその店に入るのを見かけて
ついてきたんじゃないのか?
自分に都合のいいことが
頭に浮かんでは消えて行った

それが彼女にあった最後だった

人生において思い残すこと
そんな19歳の記憶の断片
彼女に好きだと言えなかったこと




自由詩 19のままさ Copyright 花形新次 2021-09-14 20:42:36
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