カゲロウたちは永遠の詩編の中で
ホロウ・シカエルボク


手頃な刃物で踝に刻んだ言葉は小さく、それは告白でも独白でもなく
ただただ痛みと、意味と共に在り
どうぞ私の手をお取りください、苦しみと、悲しみに潜む言葉たちの種よ

大衆食堂の裏側、排気ダクトから生活が吐き捨てられている
野良猫たちの会合、彼らはきっと
食事における私たちの、大仰な成り立ちを馬鹿にしているだろう
生ごみ用の、数個の巨大なペールのそばで
ぺったりと道に腹をつけているのはきっと偶然ではないはず

湿地帯で楽し気に駆け回る亡霊、どこか撲殺を思わせる粘度で
蹴り上げた足が泥を撥ねる、彼らはまだ、死の中を生きている
廃車置き場越しに沈む夕暮れ、いくつかの狂騒のシンフォニー
指先の傷はいつの間にか、美しい痣に変わっていましたね

賛美歌をうたうように、信者たちは
涼やかな表情で、殺戮を繰り返す、崇める心はまるで
免罪符

ころして、ころさないで、ころしたくて、ころすことに
結末を急げばどこかに向けて銃口が持ち上がる
ほんの少し、指先に力を入れるだけでよかったから
みんな革命なんてことを考えるのでしょう
雨のあとの、汚れ、駆け足の水の流れを見つめながら
私は人としての穢れを、すべてその流れに任せてしまいたくて
また大時計ががちりと時間を進めるのです

温かいうちにだけ血は流れ
冷たい床を菓子職人の細工のように染めるでしょう
どうぞ私の手をお取りください、あなたにはもうそうするしかないはずです

死体は死に方を問わず同じところに集められ
高い温度の炎で骨になる、その、一部始終を
どこかから忍び込んだ子供たちがいつだって見ている―見ている

木々の葉に残った雨粒たちが、強い風に煽られて夏よりも早く散る
机の引出の詩編はおそろくもう読まれることはないだろう
夜の中で目を凝らして、おかしな歌をうたうものたちに耳を貸しては駄目
路地裏をひとりでに歩く自動人形は、きっとゼンマイを直してくれるものを探している
短く小さく鳴く虫が潜む草むらを、狂気に慣れてしまったものたちの靴底が踏みつける

水平線のところで友達は見えなくなりました、おおい、おおいと、喜んでいるみたいに手を挙げて、いま思えばあれはさよならのつもりだったのかもしれません
いくつかの夏には痛みばかりでした、ちょうどこの夏のような
少しずつ皮膚を削いでいるかのようなじりじりとした痛みばかりでした

振り子時計の振り子を見つめているうちに自分自身ではないものになれそうな気がしていた十五、長い廊下の先には巨大な蜥蜴がいて
私たちを飲み込もうと口を開けているのではないかという気がした放課後、ねえ
いつだってこの世界には目には見えぬものが棲んでいるのです
授業中のノートの片隅の空白に、私はいつもそれを見ようとしていた、それに繋がる複雑な回路を
見つけようとしているうちにいつしか大人になっていたのです

いつか私たちを取り囲んだ赤蜻蛉の群れが
網膜に残していった眩しい光のあとの残像のような軌道のことを覚えていますか
あの夏、私のほとんどのものが死んだのです
果てしない森の奥で聞いた
豪雨のような蝉の声の中で

ああ、何故、罵倒のような激しい夕立の中で、その痛みを嬉しいと感じたのだろう
あの日が私を生かせ続けている、あの激しさが、冷たさが、喜びが
いつまでも忘れることのない一番鮮烈な夢のように
あの夕立は何故あんなにも私のことを打ち続けたのだろう
出来ることなら私は雲に上り
夕立のようにあなたを打ちたかったのです

夜に乗じてやって来るかたちのないものたち、私の頬を撫でて、思い出せと、許すなと―息の根を止めろと、そんな感情を、脳髄に溶かし込もうと枕を揺らし、私は顔を隠し、どんな心も見とがめられぬようにきつく目を閉じて、それらいっさいをやり過ごそうと必死になるのです、しかし彼らはなかなかに強情で、時には寝入りばなにやって来て、明け方近くまでそうしていることもあるので、私はあまりにしつこい時には枕の下に隠している縫い針を彼らに突き刺して遊ぶのです、すると彼らは悲鳴を上げて逃げていきます、その夜はもう戻ってくることはないのでのんびりと眠ることが出来ます、戦うことなく怒りだけをまくしたてるようなものに私はなりたくないのです、そんな夜の眠りには美しい、居心地のいい夢を見ることが多い気がします、でも、それは私の思い違いかもしれません

朝の光の中に、あなたはどんな詩編を見つけるのでしょうか、朝日は詩人を焼き尽くすための光だと、いつか、笑って言ったことがありましたね、私は、ベランダに立って、あの激しい光の中になにが隠れているのかと見つめてみるのです、そう



時々は、そんなものがいつの間にか綴りたい言葉に変わっていることもあったりするのです。



自由詩 カゲロウたちは永遠の詩編の中で Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-09-12 22:46:31
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