壁のない家
凪目

背後には誰もいない
開け放した窓から雨が降りそそいだ
部屋には部屋がなかった
区切りのない家に不可視の声ばかりこだましている
迷宮ですらない
音楽を挿れたら違う生き物になる
誰も別人でなかったことなんかない
誰もが誰かの別人、
別人の別人、
なんだ
きみか
昨日、猫を見たんだ
ベッドの影に
部屋には僕しか住んでいないのに
秒針の音が消えた
誰かが電池を抜いて
たしか、昨日の僕が
十年前の僕だったかもしれない
明日の僕が?
取り込みたての服を、今、誰かが着て出てった
誰だったんだ?
読み切る前に荷物になった文庫、中身は公園の、砂場に埋まってた、
こぼれた文字は砂にまじって、
そんな気がする
それか船の上に置きっぱなしか
いつもなにか忘れている気がする
重要ななにか
なんだったか思い出せない
なんだったか
どっかでなにか叩く音がする、押し入れか窓か
押し入れの中は真っ黒
窓、そんなものあったかな
部屋には部屋がない
いつのまにこんなに濡れてるんだ?
遠くで誰か泣いてる
あれは僕の声だ
見つけて安心させてやりたい
ここは安全だと
だけどここはどこなんだろう?
足元に文字が落ちている
誰がこんなところにこぼしていったのか
掃いて窓から捨てた
ひどいどしゃ降りは続く
いつから?
なにもかも水浸しで
背後で誰かが無音を食べた
轟音が耳をつんざいた
気のせいだった
もちろん部屋など存在しない











自由詩 壁のない家 Copyright 凪目 2021-08-29 00:03:23
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