化生の夏
ただのみきや

土に還らず

木洩れ日のゆりかごに
干乾びた夢ひとつ
蟻に運ばれることもなく
ペン先でつついても
カサコソ鳴るだけの

蝉よりも見劣りする
透けた単純構造から
ふと零れる輝き
  ――腐った雨水





蜜薬

夢を見た
雨音を聞く魚のように
微笑みは組み敷かれ綴り紐をほどき
祈りたちは脱獄し差し向かい死と語る
酒と独白に潤った
叶うよりも愛おしい密約の 頬を食む
吐息 ああ
夢は見た
自らの抜け殻と邂逅する蝉の戸惑いの弧
自らの味を知らない果実の淫らな子午線
まだらな愚行に尺取られた美粧による眩惑を
悔みを捧げながら吸われ続けた
のけぞる魂 うす緑色の幼心が
苦い胞子に埋もれて行く音を食む音を
夢に見た
柔肌に弾んだサイコロが一斉に目を瞑る
なにもかも向こうどこまでも綿花
豊満な虚無の乳房に寄りかかる
化生はわたしの真中へ還る





去る夏の日

キジバトの声
朝露に濡れたまま
蜘蛛の糸をすべる
かすかな銀の光

日は燃えて
山葡萄は匂い
追い越して行く
翅の欠けたカラスアゲハ

汗をぬぐいもせず
こどもたちは笑い
しゃがんで草を抜く
老女の影は増す

情に乱れた雲
瞳の奥で音をたて
夕やみに埋もれてゆく
バス停のよく似た男





灰になる一行のために

音楽が野山を駆けて来る

一本の針がもえていた

世界から言葉が消えて
砲弾もミサイルも静かに
花のようにゆっくり開くのなら

朝の食卓を挟んで
わたしたちは互いの姿を
どんな御馳走より楽しむことだろう

最期のくちびるの仕草
美しい沈黙の激震
愛には手段ばかりが多すぎた





誕生日

死んだ息子のためには何もできない
儀礼も儀式も転化にすぎず
緩和のための自慰行為
記憶と夢想を捏ねまわし
イタイイタイと泣きながら
無邪気にあざとく退行する
情緒絵巻の虫干し作業か
だれも救わない
だれも癒さない
忘却こそ恩寵
虚無こそ楽園
命日は憶えていない傷痕なんかない
だが誕生日は今も大口を開けたまま
忘れる時は死ぬ時だ
生きて癒されるくらいなら
刺し違えてでも死んでやる
そんな想いすら
もはや息子には関わりのないことだ



                《2021年8月21日》









自由詩 化生の夏 Copyright ただのみきや 2021-08-23 22:44:22
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