ハニートースト
妻咲邦香

小さな翅音が聞こえたら
私は思い出す
甘い甘い蜜の滴る
至福だったひととき

刃物を研いで道具に話し掛ける
今日一日の計画を諳じる
目覚めるのがいつも遅い私たち
きっと笑われてる
悪戯好きな指先が泳いで
呼び鈴を押す
「愛」という言葉さえ知らなかったあの頃に
帰っていくために

導かれて
迷い訪ねて
行き止まりを引き返す
疲れて草に座り込んだら
またひとつ宿題が出来ちゃったね
分け合いながら暮らしてたそんな時代
まだ遠くない筈

だからこの手が届く限りの
音階を増やしてく
産み出される旋律が
常に優しくありますようにと願いながら

小さな翅音が聞こえます
本能で覚えてる囁きです
何億年も昔から
何光年も飛び越えて
たった一枚のトーストに
辿り着いた

全ての料理は祈りです
もてなす術は持ちません
それでも集めているものは
いつか誰かの血となり
また囁きとなっていく


自由詩 ハニートースト Copyright 妻咲邦香 2021-07-18 17:00:53
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