群集挽歌
岡部淳太郎

ふらふらと
さまようのか
群集よ
醒めている目を閉じて
開いている口を噤んで
ふらふらと
朝から 夕へ
夕から 夜へと
たださまようのか
群集よ

君たちはまぼろし
まぼろしの人間
駅前の雑踏で
曲り角の先のバス停で
ひとことも不満を洩らさず
ひとことも喜びの声を洩らさず
ただたたずみ
ただ歩き
ただ揺られている
君たちはまぼろし
まぼろしである君たちには顔がない
名前がない
今日の話題になるような意味も行動も
ない

ふらふらと
さまようのか
群集よ
明晰な頭脳を暗く濁らせて
敏感な皮膚をあえて黙らせて
ふらふらと
東から 西へ
西から 東へと
たださまようのか
群集よ

君たちはまぼろし
まぼろしの人間であり
顔も 名前もない
けして僕の人生の中に降りてくることのない君たちに
ひとりひとりに名前をつける
街灯の下でふるえる
街頭の中にたむろする
君の名はシゲアキ
君の名はミナコ
君の名はタケシ
君の名はソノコ
それは間違った名前であるのかもしれないが
君たちに
ひとりひとりに名前をつける

ふらふらと
さまようのか
群集よ
人の中に溶けて
街の中に溶けて
ふらふらと
生から 死へ
死から 生へと
たださまようのか
群集よ

君たちはまぼろし
まぼろしの人間
信号の前で
電柱の並木道の中で
ひとことも語らず
すべての物語を脇に追いやって
時に止まり
時に急ぐ
君たちはまぼろし
まぼろしである君たちの
誰の名前も僕は正確に知ることはない
君の名はヒロミ
君の名はテツオ
君の名はケイコ
君の名はユウスケ
それはみんな間違った名前であるのかもしれないが
無名の呼吸にたえられず
君たちに
ひとりひとりに名前をつける

そして誰もが笑い
そして誰もが泣くだろう
たったひとつの
決められた名のもとで
ふらふらと
さまよう
群集として
そのひとりとして
誰もが違った場所にあるだろう
誰もが同じ場所を通るだろう
ふらふらと
さまようのか
この僕も

僕の名は
いったい何か?



(二〇〇五年四月)


自由詩 群集挽歌 Copyright 岡部淳太郎 2005-04-24 23:18:55
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