無人駅で
渚鳥

○月✕日
今日も駅の伝言板には何もない

無人駅の清掃員である私は、日々をつつましく地味なものとして過ごしていた

今日も今日とて、粛々と退勤時間を迎えようとしていたのだが、そんな私のもとへ思わぬ珍客が迷い込んできたのだ……

──あれは九官鳥だ
人語を操る、ヒトに擬態しきれぬ鳥の者

さて何故こんな寂れた駅舎へ迷い来たものか

取り敢えず保護して明日、届けを出すか

○月✕日
飼い主はまだ現れない

昼休み、新聞の広告で見た仕事に○をつけて机に置いた

私はさっきから駅の待合室の床を磨いている
掃除は嫌いじゃないが、“私一人”に対して“床汚すもの不特定多数”と考えると、どことなく気が遠くなる
けれど、やれるだけをやればよいのだ
私が血ヘドを吐きながら床のガムをこそげ落としていても清掃員の職務内容は変わらない
いいさ、次の仕事が見つかるまでの、繋ぎだ……


──ふと気がつくと床洗剤のキャップが見当たらない

ぎょっとして辺りを見回すと鳥の得意気な目とぶつかる
見れば洗剤のキャップを嘴にくわえている

「こら、待て!このあほう鳥が!!」
私と鳥との壮絶な追いかけっこが始まった

やっとの思いで洗剤に封をし直し、念のために成分内容を確認したところ、若干のアルコール分を含んでいるらしい

空の段ボールをひっつかみ、気のせいだかふらついている鳥を捕まえ、段ボールごとロッカーに入れる

そそくさと帰り支度をする私の耳に、さっきよりも陽気な声で「お帰りなさい!お帰りなさい!」と鳥が喚く

言われなくても帰る
やれやれ、とんだ一日だったずら……


○月✕日
鳥の飼い主が現れる

彼は外国から引っ越して来たばかりといい、カタコトの日本語を話した

bon voyage!
bon voyage!
鳥がいきなり鳴き出した

飼い主は急いでポケットから鳥の餌を出した

bon voyage!
bon voyage!
bon voyage!

鳥はますます興奮して鳴いた

○月✕日
駅の伝言板に下手な日本語が書かれていた

「先日はお世話にナリありがとうござい⍁おかげさまでPikoげんき⚗⚗」

○月✕日
清掃業務最終日
駅長がやって来て、飲みに行こう、夕食を奢る、と言う
焼き鳥かおでんか、どちらにする?と訊かれたので
「じゃあ、おでんで……」と答えた



散文(批評随筆小説等) 無人駅で Copyright 渚鳥 2021-06-25 08:39:12
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