屋根の上に寝転んで 〜かみさまへの手紙〜
服部 剛

かみさま
大人になった僕は
ずいぶんと長いことあなたのことを忘れていたようです。
時に僕はあなたの姿を見たいと
ただ、無力な両手を組み合わせては空に向け
一心にお祈りしています。
幼い頃にお父さんとお母さんの間に手をつながれながら
休日の散歩をした道の上を見上げ
なんの疑いもなく
太陽の微笑ほほえみと会話していた頃のように。

昨日突然降ったどしゃぶりの雨にずぶ濡れてしまったので
独りの家に帰って服を着替えて
ふとんにもぐって丸まる僕は
夜の淵にふくらむ小さい光の内から
あなたの声を聞きたいと願い
空の子供だった日々の遠い記憶をたぐりよせるように
ふとんの中で眠りに落ちて
幼き頃へと・・・
赤子の頃へと・・・
戻ってゆく・・・
母の胎のなかで安らう
生まれる前の寝顔に
遥かな昔から静かな響きで届いてくる
ひとつの声

魂に刻まれた約束の文字は炎の光となりて
今も闇に浮かんでいる

胸の奥に隠されたたんすの
無数の引き出しが
誰の手にも触れられずに開き始め
想い出の場面のモノクロ写真たちが
シャボン玉の中に守られて
ふわりふわりと浮いている

現実の日常で出逢う人々の
寂しげな表情の裏に隠れているあなたは
ふと僕をみつめる人の瞳の内に
なにげなく語りかけられる友の声の中に
救いを求めて水を飲む病人の渇いた喉に
ガラス窓にうつむく僕の自画像に
哀しく微笑む顔を時々ぼんやりと浮かべている

夢の中の僕は窓の外に顔を出すと
鳥は自由に青空を羽ばたき
草花は風に身を揺らして唄い
川は水面をきらめかせながらさらさら流れ
日常の悩みのかたまりをどこかへ運んでゆくようで
ふと見やる腕時計の三本の針は
すべての出来事を巻き戻すかのように
ゆっくりと逆回転しています。

窓の下を眺めると
昼下がりの川沿いの道を
野球帽をかぶった父と子が語らいながら通り過ぎ
猫は楽しげに舞う黄色と白の蝶々を追いかけています。

向かいの家の煙突から顔を出したおばさんが
瓦屋根かわらやねに降りて
三枚のふとんを敷きました。

窓から顔を出す僕は
道と川をふわりと飛び越え
おばさんの姿が消えた
瓦屋根の上に立ち
お父さんとお母さんのふとんにはさまれた
小さいふとんの上に身をうずめ
大の字に横たわり
あたたかい日の光を全身にそそがれて

額にかざした手の向こうの青空には
いつかの微笑みが
太陽の顔に浮かんでいた





























自由詩 屋根の上に寝転んで 〜かみさまへの手紙〜 Copyright 服部 剛 2005-04-24 13:35:40
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